「ナナリー」

最初に飛び出したのはルルーシュだった。追うようにスザク、カレンが続き最後にC.C.が光にかき消えるように内側に入ると、扉は再び閉ざされた。

ルルーシュは道なき光の中をまっすぐに走る。何処に続いているかは分からないが、ナナリーが奥にいるという確信はあった。

ルルーシュの意思が戻るまでに半年という時間がたっていたが、ガウェインの中でC.C.に聞いた話から判断すると、この空間は時間に左右されないそうだ。

白く何もない空間に奥のほうにポツリと何かが見える。

ルルーシュはその場所を目指して、ひたすら走った。途中、スザクやカレンに抜かされそうになりながら、それでも必死に走る。いつの間にかC.C.の姿はなくなっていた。



「ナナリー!」

ようやく、車椅子に乗った少女が、求めていた妹だと分かる。ルルーシュの声にナナリーのうつむいた顔がルルーシュたちが駆けてくる方角にあげられた。

ナナリーの瞳はあの事件があった時から閉ざされたままだ。しかし、ルルーシュにはナナリーから視覚を補うように触覚、聴覚で気配を感じる術がもたらすものか昔から視線のようなものを感じる。

「お兄様」

久しぶりに聞くナナリーの声はルルーシュの心をうつ。ナナリーの側まで近寄るとひざまずく。

車椅子の手にのせた腕がのばされる。壊れ物のようにゆっくりとナナリーに手を伸ばす。

つながれたぬくもりにナナリーは笑顔がでる。ルルーシュはずっと待たせてしまったことに謝ろうとナナリーに言葉をかけようとするが、先にナナリーから話しかけられる。

「よかった。間に合って」

片手をルルーシュの頬に手を伸ばし、輪郭を確かめる。

「? ナナリー・・?」

ナナリーの言葉にルルーシュも疑問を持つ。待たせたのは自分なのに。

「お兄様、もう一人で無理をしないでください。これからはずっと私も支えていきます」

ナナリーはルルーシュの言葉を封じるように続けた。

しかし、それもルルーシュの予想と外れている。一人にして怖い思いをさせたのではないか、とルルーシュはずっと思っていたのに、ナナリーの言葉はルルーシュを労わるものだった。



「一緒にいらっしゃったのはスザクさんと、カレンさんですか」

ルルーシュの後ろにい他二人も兄妹の再会を邪魔しないように離れていたが、ナナリーに呼ばれて近寄る。

「ナナリー・・・うん、ボクと、カレンがいるよ」

スザクもひざまずいてナナリーの眼線にあわせる。ナナリーは見えていないが、言葉が上から聞こえるより、隣から聞こえるほうがナナリーも安心すると思ったからだ。カレンはそこまでナナリーと接したことはなかったので戸惑ってたたずんでいる。



「よかった」

もう一度ナナリーは今度はスザクやカレンに向けてもその言葉を繰り返した。しかし、スザクやカレンに手が伸ばされることはなく、ただ一人ルルーシュを捕まえていようとするように離れない。

そして、顔をルルーシュのほうにもう一度向けた。

「お兄様、お兄様が私を大事にしていてくれていること知っています。でも・・・私もお兄様が傷つくのはいやです」

ぎゅっとっルルーシュの手を握った。

「本当は、・・私知ってました。でも、お兄様が知らない振りをしていたので黙っていたんです」

「ナナリー・・気づいて・・」

ルルーシュは驚いたようにナナリーから手を離そうとする。自分の汚れた手で神聖なものを汚さないように。

「お兄様っ 」

離されそうになる手を一層強く握り締める。



「スザクさんも気づいていましたよね。お兄様のこと」

フォローを頼むようにスザクを促す。

「・・・うん、そうだね」

ナナリーに対してのためかスザクの言葉は優しい。

「お兄様は・・・ずるいです。何もかも全部、自分で背負おうとして、私には分けてくれないんです」

責めるような口ぶりだが、ナナリーの表情は悲しげだった。

「・・・そうよね、相談くらいしてくれたって」

カレンがルルーシュの態度について同意する。自分も悩まされた秘密を教えてくれなかった疎外感はついて回る。

「カレンさん・・ありがとうございます。・・実はカレンさんのこともだいぶ前から知っていました。私、こんなでしたから鼻はとても利くんです。カレンさんに銃のような残り香を感じたことがあって・・・それにナイトメアの操縦をすると出来るたこがあったから。お母様もナイトメアにのっていたので」

小首をかしげて綴る内容に3人は驚きを隠せない。一番知っていてほしくない妹にゼロとしての所業を知られていたのかと思うとルルーシュの心は絶望に染まりつつある。

「あ、でも。私カレンさんには感謝しているんです。」

にっこり笑うナナリーにカレンは何も返せない。

「お兄様にではなかったけれど、ゼロの騎士としてお兄様を守ってくださいました。本当にありがとうございます。・・・だから、カレンさんあなたとスザクさんにお願いしたことがあります」



ぐっとナナリーの顔に真剣な色が広がる。

「お兄様を助けてはくれませんか?」



「ルルーシュを・・?」

スザクは隣のルルーシュを見つめた。



「はい、お兄様を」



ナナリーはもう一度繰り返した。

ルルーシュはもうナナリーから離れることも忘れて、妹の真意をはかる。今まで、どんな条件や心情でも情報として処理できたが、ルルーシュにはナナリーのことだけは感情抜きでは扱えない。

「何を言っている?ナナリー」

突発的なことに弱い性格もあってルルーシュは不安そうに尋ねた。ゼロとして嘘をついてまでいた自分を嫌っていないだろうかと弱さが出る。

「私はお兄様が好きですので、お兄様が助かる方法をずっと求めていました」

ナナリーはいつものようにルルーシュの心を感じたのか、安心させるようにルルーシュの頬をなでる。スザクやカレンもついさっき知ったルルーシュの契約の秘密についてもナナリーが口にしていることに却って冷静になる。

「それは、ルルーシュの命が短いことをどうにかできるってこと?」

単刀直入に切り出すカレンは真剣な眼をしている。

「・・・はい」

ナナリーは少し時間を開けてうなづく。

「どうやって?それに、ナナリー君がどうして知っているの?」

スザクもナナリーの車椅子の取っ手にすがりつくようにといつめる。

「少し話をしてもいいでしょうか?」

3人を見回すようにナナリーが首を回す。うなずく動作だけでは伝わらないため小さく是の返事をする。

「ギアスとは契約を結んで使える力を得る代わりに代償を必要とします。その契約の際、制約が生じるかは個人によって差が出ます。また能力もその限りです」

ゆっくりと語るナナリーの声は昔と同じなのにルルーシュは妹との距離を感じた。

「私がこのことを知ったのは多分スザクさんと同じ頃、らしいです。V.V.さんはギアスについて、契約について、お兄様の制約についても教えてくれました。そして、取引を持ちかけてこられたんです」

ナナリーから出るには似合わない、取引という言葉にルルーシュは不審そうな顔をする。

「取引?」

「はい、お兄様が助かる方法はないですか?って」



ルルーシュは愕然とする。それでは、ナナリーも契約を結ばされ、予期しない不利な制約を持ちかけられたということかと。

まだ、見たことのないV.V.という存在に怒りが浮かぶ。

「安心して下さい。お兄様。私はわがままですから、もしお兄様が長く生きるとき一緒にいられないのはいやだといいました」



「方法は二つあるといわれました」

ナナリーの言葉の続きをスザクとカレンは待つしかない。自分たちでは出来ない範囲のことだからだ。



ひとつはここと、ナナリーの片手がルルーシュの頬からはずされこの空間を指すのか手を広げた。

「この空間は時間が関与しない場所です。お兄様と二人だけでこの場所にいればずっと一緒にいられるといわれました」

カレンはナナリーが笑顔で語るその情景を思って怖くなる。自分たちもルルーシュを閉じ込めて半年間暮らした。ルルーシュの自由を奪って。カレンはきつく手を握り締める。スザクも今までの自分の行動に常に感じていた罪悪感が再び思い出された。

ルルーシュだけは自分の自由ではなく、ナナリーの自由が奪われると思った。



「私は二つ目を選びました。・・・スザクさん、カレンさんお願いがあります。お二人の寿命をわけては頂けないでしょうか」

「・・・寿命?そういっても、僕にはどうすればいいのか」

「ナナリー、俺は二人を犠牲にしてまで生きたいとは思わない」

ルルーシュがナナリーをいさめる。

「お二人の命を今奪うものではないです。犠牲じゃないとはいえないことですけれど、お兄様とスザクさん、カレンさんの命がひとつになればお兄様が生きている時間も長くなるという方法です」



カレンは超常の力についてはよく分からないが、ルルーシュを助けることを自分も出来ることはわかった。

「詳しく話して、その、・・・寿命を分け合う?って」

ナナリーはルルーシュでなく、スザクとカレンの方に顔を向けてお願いした。

「私がギアスで得た力は命の長さを操るものです。ただ、自分自身には無理だそうです。お兄様と命を分け合ってくださる他の人がいれば、お兄様は助かるとV.V.さんは教えてくださいました。私は昔、お兄様に騎士の誓いをしてくださったスザクさんか、お兄様の影ゼロに仕えて下さっているカレンさんのどちらかがふさわしいと思いました。だから」

そこで言葉を一度きり、ルルーシュたちが駆けてきた方向を見る。

「入り口にお兄様以外のどなたかがいないと開けられないようにしていただきました」



3人は先ほどルルーシュが一人で押してもあかなかった扉がスザクとカレンが手伝うことで簡単に開いたことを思い出した。

「ナナリー・・・」

ルルーシュは妹も自分と同じく、チェスのように思考することを思い知った。これはブリタニア皇家の血のなせるものか。

「少なくとも、一緒に扉を開けてくれる方はお兄様を大事に思う方でしょうから」



「ありがとうございます。お二人がいらしてくださいました」

嬉しそうに、ルルーシュを思う人がいることに安心の笑みを浮かべる。



「お願いをきいてくださいますか」

再度繰り返されたナナリーの言葉にうなずこうとする、二人にルルーシュはあわててとめる。

「だが、二人の命は確実に減るということだろう」

「いいんだ、ルルーシュ。それで君が助かるなら」

「アンタやっぱり馬鹿じゃない。助かる方法がぶら下がっているのにそれをしないの」

スザクは優しそうに、しかし昔の様に死に場所を求めていた心は何処にもない。



「馬鹿だ・・お前たちは、俺が何をしてきたか知っているだろう」

ルルーシュが悟ったようにルルーシュを見つめる二人に声を震わせて続けるとスザクは横に首を振った。

「それでも、決めたんだ。ボクはルルーシュを助けたい」









「ナナリー、ルルーシュを助けてくれるかい?」