「枢木准尉、久しぶりだね」

昔の上司ロイド・アスプルンドとセシル・クルーミーとの再会に時間をかけることなく、ブリタニア帝国の宰相を務める第二皇子シュナイゼル・エル・ブリタニアはほほえんだ。

「楽にしてくれ。今日はユフィの兄として彼女の最期を看取ってくれた人たちと偲べればいいと思い、場を設けたんだよ」

君はよくやってくれたとねぎらいながら、上から押さえつけられるようなプレッシャーは相変わらずだった。

「殿下がそろそろ君も落ち着いただろう〜って。おめでと〜う、ようやく、休暇後からはボクのランスロットに、専任パイロットとしてもどれるよぉ〜」

とうとう最後通牒が下ってしまった。

まるで、ユフィの敵としてゼロを見つめたときのようにスザクの感情は瞳に表れた。

スザクが望んだ小さな平穏を壊す簒奪者たちに向けて。しかし、憎しみにゆれていると分かっても、自分たちがそのターゲットとは理解できず、ゼロやテロリストに向いたものだと判断したのだ。

「ロイド、仕事のことはそれ位に。それよりも枢木君、ユフィーの最期を教ええくれるかい?コーネリアも後で来ることになっているんだよ」

もう、苦しいだけのスザクの記憶のなかにすむユーフェミアについて、語る。


***

コーネリアはエリア11の総督の任は離れてからしばらくは本国に戻っていた。東京で負った怪我は最初に士気を高めるため人に知らせないようしたためか、治りも遅く、長い間病床ですごした。

ずっと、上に立つものは強くなくてはいけないと、走り続けていた。皇室の覇権争いでも、エリア11での自らの実態は醜態に過ぎないだろう。

しかし、もういいのだと、コーネリアはいつでも思い描いていた自分を目指せなくなっていた。コーネリアの皇位継承権は産まれた順番もあるが確かに早いものがある。だが、女の身であること、すぐ上にシュナイゼルと言う優れた存在もいたことから自分はブリタニアを行政でなく軍人として支えるべく邁進してきた。自分がまだ20になるかならないとき尊敬していた后妃がなくなってからは、テロリストどもに憎しみの矛先を向け自らも厳しく、皇族の義務を果たしてきた。

指揮官として、またエリアの総督としての施政者として、求められてきたことをこなしていたが、エリア11で失ったのはコーネリアの生きがいだった。

何もかもやる気をなくしてしまった。



あの日、ユーフェミアの死を知ってから、世界は色を変えた。

ゼロを許せなかった。この手で殺すだけでは足りない。東京租界の攻防はコーネリアにとっても背水の陣だったが、自分と言うキングの駒を目指すゼロの行動はコーネリアも予想していたことだ。

最終的にゼロと一騎打ちになれた。

けれど。

今でもユーフェミアを奪ったゼロを許すことが出来ないが、真実はコーネリアの足元も揺るがすことだった。



ゼロはユーフェミアとクロヴィスを殺したテロリスト。

それだけで、それだけしか知らないでいられたらよかった。



ゼロが失われた弟の一人ルルーシュ・ヴィ・ブリタニアだと知らないまま殺せればよかった。

ルルーシュはコーネリアが尊敬した閃光のマリアンヌ后妃の子供で、年が近いせいかユーフェミアともとても仲のいい兄弟だった。頭のいい子で支配者としての才能にあふれていた。

幼いながら崇拝者も多くカリスマとはこういうのだろうと見本のような子だった。

しかし、妹に甘く同母のナナリーだけでなく、ユーフェミアもルルーシュになつきいつか結婚するのだとルルーシュを取り合っていた。よく、ユーフェミアにルルーシュのお嫁さんになるにはどうすればいいのか相談されたものだった。幾多いる皇室の中では自分と同じ家柄であろうとユーフェミアも皇位継承からは埋没しがちだったがそれこそ10にならない少年が継承権を持っていたことにこそ、ルルーシュの能力の高さが伺える。



ルルーシュがブリタニアを憎む理由はそれこそ、たくさんあるだろう。ブリタニアを支えてきた歴史の闇の部分はコーネリアにだって受け入れがたいこともある。しかし、ユーフェミアは殺されるべき存在でなかったはずだ。

ルルーシュを好きだったユフィ、多分、ゼロの正体もだいぶ前から気づいていたのではと今なら思える。ゼロがルルーシュでなければ、ナリタのとき突入をかけない自分の行動もはかれなかっただろう。世間に露出のないユーフェミアを大切にしていたと知るのは自分たちに親しい存在だけだ。間違って異邦の地のテロリストが知っているものではないことだ。



しかし、ゼロももういない。



コーネリアの心はぽっかりと穴が開いた様になり、長らく療養を余儀なくされた。





コーネリアに残された騎士の一人ギルフォードがシュナイゼルに掛け合って、今回のユーフェミアに与えられるべき土地の一つを訪れることになった。

もともと、皇族は貴族と違って皇家の直轄領を皇位の高い順から皇帝に下賜される。少ない土地だが、どれだけうまく発展させ支配するかにより才能を見られる場でもある。

しかし、皇位継承を破棄したり、廃嫡となれば皇帝にその土地の所有も戻る。

ユーフェミアはエリア11の副総督として皇位継承権は高かったが、行政特区日本を立ち上げる見返りとして継承権の放棄を行っていた。



ぽっかりと浮いたこの土地の所有は皇帝の手に戻ってしまったが、幼いころに与えられたこの土地の発展をユーフェミアはコーネリアを手本に行っていた。臣民の中にも溶け込んで、好かれていた。ユーフェミアはなくなったが、この土地はユーフェミアが息づいている場所でもある。



ギルフォードも、本国に帰ってから様子を一変させ、何もかもやる気をなくした主にうしなわせた何かを取り戻したかったのだろう。シュナイゼルも、同行し、ユーフェミアの治めた地に足を運ぶことになった。



本国や外では最期の行動のため魔女呼ばわりされる妹に心を沈ませられたが、この地では今でもユーフェミアは愛されているようだ。

街頭に結ばれた黒いリボンは彼女の死を悼むもの。その下に置かれた小さな花束は時が過ぎても尽きることなく住民から贈られていると言う。



コーネリアは護衛をつけることもなく、ユーフェミアを愛した、ユーフェミアが大事にしてきた町並みを進んでいた。



カラン、



古臭いベルの音ともにカフェテリアの扉がゆれた。

「いらっしゃいませ」

歓迎の声とともに客に視線を流すと、そこには至高の存在であるコーネリア皇女殿下がいた。

全ての行動も止まって、見つめるしかなかったのもその男のせいではない。



「コ、コーネリア皇女殿下!!」

まっすぐに90度曲がったお辞儀をして、喫茶店の従業員は冷や汗をたらす。こんなときにマスターは外にいて、自分しかいない。

「コーヒーを」

奥まった外も見えるが外からは見えにくい位置に座りメニューも見ずにオーダーをする。

「は、ただいまっ」

オーダーが入ったことによりいつもの自分の習慣を思い出し、コーヒーを用意する。

せっかくだ、オーナー秘伝の豆を使おうとサーブに徹した。



静かにBGMが流れるなかコーヒーの落ちる音が聞こえる。

ぼんやりと外を眺めていたコーネリアはやがて、改心の出来と供されたコーヒーを一口飲んだ。



「この町はユーフェミアを愛していてくれるのだな」

ポツリとこぼれたコーネリアの言葉に、従業員は笑顔ではいと答えた。

「世間では色々言われていらっしゃいますが、ユーフェミア様を信じていますから」

まだ朝早い町並みではカフェに入ってくる客もいない。通り過ぎていくだけだ。しかし、街頭に結ばれたリボンを見上げ、小さく祈りながらまた日常に戻る住民たちをコーネリアは静かに見つめていた。



コトン、ともう一杯のコーヒーを置かれる。

「この町のものなら、ユーフェミア様のこと好きです。今でも、ユーフェミア様の遺志をつごうと、皆でユーフェミア様が応援していた騎士の恋を見守っているんですよ」

従業員は自分の知る限り、町の住人のユーフェミアへの好意を話した。





コーネリアの足が、シュナイゼルと約束した部屋でなく、スザクの家へと向いたのも無理からぬことだった。