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「ただいま、ルルーシュ」
軍から帰宅途中手に入れた、プリンの入った箱を手に家でも鍵のかかった奥の部屋に直行する。
すると、いつものようにクラッシクに耳を傾けていたルルーシュがスザクへ視線を向けた。ルルーシュは自分が、進行性の目の病気で左目が赤くなってしまっていて、右目だけでは負担がかかるからと極力目を使わないよう言われていた。記憶をなくしたのも元は同じ怪我が原因だと聞いている。カレンとスザクの言葉を疑うことを知らず、今は赤く染まってしまった左目は眼帯に隠されている。しかし、右目だけでもその紫色はスザクの心にまっすぐ届く。
「おかえり、スザク」
前だったら見ることの出来なかった微笑み。スザクはルルーシュが自分を信頼しきっていることを確信する。
(まだ大丈夫だ)
少しでも離れている時間が出来るとルルーシュが全てをおもいだしていなくなってしまうのではないかといつでも不安を感じている。今日も変わらないルルーシュの態度に安堵しながらルルーシュにプリンの入った箱を手渡した。
「はいおみやげ。ルルーシュ好きだろ」
「なんだ?・・」
がさごそと包装紙を解いてケーキの入った箱をあけるとプリンが2個入っていた。
「プリンか、どっちか選んでいいのか?」
ルルーシュの言葉にもちろんとスザクはうなづいた。
「ありがとう、スザク。ならば、オレはこっちにするからこれはカレンの分だな」
ひとつを箱から出す。嬉しそうにプリンを机に置いた。
「カレンも呼んでくる」
椅子から立ち上って、もう一人の住人を呼びに部屋から出ようとする。
「いいよ、ルルーシュは待ってて、君が行くと転びそうだから」
ルルーシュの肩に手をやりとめる。ルルーシュは片目のため遠近感がどうもうまく掴めない。時々なんでもないところで転ぶことがある。
「スザク、オレだってだいぶ慣れたんだ」
負けず嫌いなルルーシュのもともとの性格は健在らしく、反対されればかえってやる気が出てしまうところは相変わらずだった。スザクの腕を振り払って、部屋から出ようとした。
「それより、こっちが先でしょ」
スザクはルルーシュを腕に閉じ込めてルルーシュの唇を奪う。
「・・ん、ん」
ルルーシュの体から力が抜けるまで待ってから、口付けをやめた。ルルーシュはぐったりとスザクにもたれていた。しかし、正気になると赤く高潮した顔でなおもスザクから逃れようとする。
「はなせっ、スザク」
ぐいっとスザクから逃れて、部屋の外に向かう。
「何やってんの」
しかし、ルルーシュが部屋から出る前に、カレンがお茶の準備をしてノックもなく部屋に入ってきた。
「くっ・・・別にっ」
ルルーシュはそっぽを向いてドスンともといた椅子に座り込む。
「感じ悪いわね〜」
カレンがそれでもルルーシュの前にお茶のセットを置いていく。
ルルーシュもカレンに意地を張り通すつもりもなかったので、カレンにスザクのお土産のひとつを差し出す。
「スザクからだ」
「そう、ありがとう、ルルーシュ」
スザクからと言っても、カレンはお礼をルルーシュに言う。それもいつものことだ。
スザクはカレンが注いだお茶に口をつけながら、苦笑する。
「明日はアタシも外に出るから、アンタも明日は泊まりで外でしょ」
ルルーシュが眠りについてからカレンはルルーシュの部屋の隣にある自室に向かう。ルルーシュは怪我が原因なのか時々、高熱に襲われる。記憶を失ったが、断片的につらかったことや苦しかったことがよみがえってくるのかもしれない。
カレンはルルーシュの世話をするために看護の勉強もしている。軍人であったが、応急しか訓練でやっていなかったスザクよりもカレンのほうが今では知識、実践で上まっている。
「君は夕方までには戻るんだよね。心配だな。ルルーシュはすぐ無理をするから」
今はぐっすり眠り込んでいるルルーシュに視線をやる。ずっと、家でのんびりしているルルーシュだから本当ならこんなにすぐに眠ったりしない。夜お茶をのむ習慣はルルーシュに気づかれずに、睡眠薬を飲ませるためだ。ルルーシュが知らないだけで安定剤やらなにやら食事や飲み物に混ぜて与えられている。もともと体力もないほうだったから筋力もだいぶ落ちている。ふらついて転ぶのも片目のせいだけではない。
「そういうなら、明日は訓練やめにすれば」
ルルーシュを間に挟んでいないとき、カレンの態度はだいぶ変わる。スザクも言葉遣いこそ前と同じだが、昔あっただろう気遣いはない。
「君も知っていると思うけど、僕たちがここにいられるのはブリタニア皇室のおかげでもある。ないがしろにはできないよ」
「っはん、あんたが言っても説得力ないわ。それより、明日ルルーシュが動けないように体力奪っておけば、アンタお得意の方法でさ」
「それこそ、君に言われる筋合いはないよ」
二人はにらみ合った後、カレンが部屋を出たことで話は終わる。
スザクは、ルルーシュの眠るそばまでよって、そっと、眼帯をはずす。それでも眠っているルルーシュの瞳は開かない。規則正しく、呼吸をするルルーシュに安心して、そばの椅子に座った。
「・・ルルーシュ」
さらりとした艶のある黒髪をなでると絡まることなく滑り落ちる。
不自然にルルーシュの隣は空いている。当初3人で越してきたときルルーシュの部屋を真ん中にスザクも寝室を持っていた。もちろん今でも隣が自分の部屋だが、眠るという行為はルルーシュが記憶を失っていると確信してからはルルーシュの部屋になっていた。
触れ合える体温は何よりも安心感を与える。まして、体をつなげ恋人だとささやけばルルーシュの意識はもスザクにむかうだろう。
罪悪感はあるが、後悔はしていない。
「おやすみ」
そっと、ルルーシュの頬にキスを贈って、シャワーを浴びるためにそばを離れた。スザク自身は知りえないが、ルルーシュを見つめる瞳はとても穏やかなものをしていた。