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ルルーシュの一日は焦げたような少し香ばしい朝食のにおいから始まる。パンと卵料理、不恰好なサラダが毎日の食卓のメニューだ。これでも品が増えてコーヒーや紅茶も苦味などなくなってきた。ルルーシュが気づいたときからこの家には主である少年と、居候のようなメイドのような口の悪い女の子が一人、そして自分だけだった。毎日の料理も彼女の作品だ。
ルルーシュは頭を怪我したらしく、今までの一切自分のことすら覚えていなかった。生活習慣や言葉はわかるのでここが自分の国で生まれ育ったのだろうとは予測が出来た。
「ルルーシュ残してる。全部食べてよ」
赤い髪をはねさせて短い衣装をまとったナイスバディな美少女はしかし、口を開くと下町風のキップのいい口調だ。
「カレン、いつも言っているが、朝は入らないから紅茶だけで」
「ダメよッ。アイツ、ルルーシュの体力考えてないんだから。せめて食事はしっかりとらなくちゃ。ルルーシュも断りなさいよ」
暗に夜のことを言われてルルーシュの顔に赤みが差す。照れたようだが嫌がっていないルルーシュを見てカレンは深々とため息をつく。
「はあっ」
ルルーシュは紅茶のポッドをもちカレンのカップに新しく注いだ。
「・・・ありがと、」
「どういたしまして」
カレンは一口紅茶を飲んだ。口は悪いがその所作はマナーもよく、思うよりカレンはいいところの育ちなのだろう。ルルーシュはあまり見たことがないが、家の主とカレンは対外的には恋人のように振舞っているらしく外とのギャップは毎回驚くと聞かされていた。外では病弱なふりをしているそうだ。
カレンと、この家の主であるスザクはルルーシュと同い年で17歳だそうだ。なぜ3人で暮らしているかはルルーシュにはわかっていなかったが、スザクとカレンからの話を要約するとスザクとルルーシュが幼馴染だったが、しばらく会えず、同級生だったルルーシュとカレンのいる学校にスザクが転入してきて仲良くなったそうだ。カレンやスザクの言動からは相手のけなし言葉しか聞かないので二人が仲がいいかは、ルルーシュもはっきりしないところだ。最初のうちは二人は仲が悪いんだろ等思っていたくらいだ。ただ、3人ですんでいる程だから気が合うとか、何かの絆はあったのだろう。ルルーシュには思い出せないことだが。思い出せないことが寂しくなるくらい今の生活はルルーシュを安定させていた。記憶は戻ってこないが出来れば、3人でのんびりすごせればとねがうくらいに。
「明日アイツ軍のほうに泊まりになるって。聞いてた、ルルーシュ?」
食事を終えた二人は、のんびりと明日の予定について確認していた。
「ああ、オマエも用があるのだったな。オレは一人で留守番くらい出来るから心配するな」
「用って言っても、アタシは夜には帰っているから昼間だけ一人なるわね。いつものように、何があっても応答しないでいいからね」
ルルーシュが自覚してから殆どどちらかはこの家にいたので、ルルーシュ一人なのは初めてに等しい。カレンもスザクもルルーシュには過ぎるほど、過保護なので一人にするのが心配なのだろう。
「大丈夫だ。それに明日のことだろう。今日はスザクも早く帰ってくるって言っていたしな」
「ま、そうなんだけど」
「それより、カレンの用はなんなんだ?」
「・・・実家のほうが、アタシがここにいるって何処からか聞きつけたらしくて、ずっとほって置いたのに何でいまさらって、思うんだけど。一度連絡したほうがよさそうだから」
何気なく聞いたことだったのにカレンから返ってくる言葉随分重い内容だった。
「今まで聞かなかったが、カレンは家出でもしたのか」
ルルーシュは聞かないべきか迷ったが、好奇心に勝てなかった。
「そんなんじゃない。・・そんなんじゃないけど、あの家はアタシがアタシでいられなかったの。だから変えたかったの。でも・・」
少し、泣きそうなカレンにルルーシュは静かに見守る。すべてをなくしてしまった自分には何もわかってやれないが、いま自分に与えられている、スザクとカレンの愛情は疑っていない。それを少しでも返したかった。
いつもは泣き言も言わないカレンには珍しく、ルルーシュに弱音を言ってくれているようだ。
「そうね、今の状態が家出って言うなら、そうかもね。本当はわからない、ここにこうしていていいのか、でも、・・・ルルーシュ、アンタは今幸せ?」
自分で納得しようとしている口調から、突然カレンは聞いてくる。ルルーシュは、じっと見つめられるカレンの瞳にすがるような色を見つける。
「オマエは違うのか?」
問いには答えず、そのまま問い返す。今は片目を隠されたルルーシュの瞳がカレンを映す。
「アンタが生きていて、アイツも死んでいなくて、アタシも生きている。これが幸せなのかな」
言い聞かすような言葉はカレンの中でまだ決着がついていないことをルルーシュに悟らせる。ルルーシュがそのままと会話を続けようとしたが、カレンがそっとルルーシュの前を手のひらでさえぎた。
「ごめん、ちょっと。」
カレンが立ち上がって部屋を出て行くのを見守るしか出来なかった。