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最近、ルルーシュが怒りっぽくなった。
スザクは、そんなことを考えながら呼び出された生徒会室に入った。
「おう。スザクじゃん。いま出勤?」
軽口を叩いて、迎えてくれたのはリヴァルだ。ほかに部屋にはミレイがいた。
「あ、うん。」
言いながら、かばんを生徒会室の中央にある机に適当に並ぶ椅子の上に置く。

「ルルーシュなら、今日も応接室の対応らしいぜ。」
いつもスザクはルルーシュと一緒にいるという印象が強いのか、リヴァルは何も言わずに教えてくれる。
「あいつも大変だよなー。いくら最近休んでたときの単位返上のためとはいえ、どっかの大手企業の手伝いだっけ?」
クロヴィス殿下が来た時は、一応そんな口実が使われていた。皇室の者が学園に頻繁に出入しているなど知らせるわけにはいかないので、アッシュフォード学園がある企業と共同研究を進めるにあたっての書類作成を取りまとめて学園の副生徒会長が請け負っているということになっている。

「まあまあ。おかげで、こっちはゆっくり作戦会議ができるじゃない。」
ミレイがにっこりと笑う。ミレイは、もちろんこの学園の理事の娘であり、応接室に誰が来ているのかは知っている。秘密について、立場上知ることが多い彼女は、リヴァルの言葉をさらりと交わす。悪戯をするときの笑い顔に、リヴァルの意識も今超VIPがいる応接室ではなく、ミレイの次の言葉を待つ。

「さて、せっかく強い味方も来てくれた事だし、われらが生徒会副会長の弱み握っちゃいましょー作戦を練りあげるわよっ」
右手を上げておーっと、掛け声を上げるミレイとリヴァルに、スザクは苦笑しながらうなずいた。ミレイの悪戯は、ルルーシュをかまいたい気持ちの表れで凝ってはいるがさっぱりしたものだと軽く想像できるからだ。
「まずは、前回のアーサー事件のときは、結局決定的証拠を見つけられなかったのよね。スザク、あの時ってルルーシュは何を持ってたの?」

「え・・・」
いきなり確信をつかれてスザクはどきりとする。
「あ・・あれは・・」
ロケットだ。と、いってしまっていいものかどうか。中身はルルーシュたちと彼らの母親、つまりブリタニア后妃が載っているのだ。

「ロケットですよ」
迷っている間に軽やかな声がした。

「あら、ナナちゃん」
みな一斉に声がした方向の扉を見た。そこには、車椅子に乗った少女がにこりと微笑んでいた。

「すみません・・ちょっと聞こえたものですから」
目が見えないためなのか、ナナリーの聴力はかなり良いほうだ。部屋の外にいたはずなのに、先ほどの会話が聞こえたのだろう。慣れた動作で、みなのいる中央の机まで車椅子を移動させる。
「いいのよ。それで、ロケットって?」

「たしか、ルルーシュの家族が載った写真が入ってたんじゃ・・」
なんとなく、ミレイに目配せしながらスザクが言うと、ミレイも考える顔をする。ナナリー以外のルルーシュの家族についてはタブーだ。

「へ〜。あいつってば、そんなの持ってたんだ。じゃあ、あいつとナナリーと親と家族4人の写真ってやつ?ルルーシュの親ってどんな顔してるのかね〜」
家族という言葉から連想できることをリヴァルは何気なく言う。スザクは、緊張で高鳴る心臓を平常心に保つことで精一杯だった。

「そうですね、お母さまと、お兄様と私の写真です。お兄様は、お母様似なんですよ」

次々と問題発言をするナナリーに、スザクはどう止めたものか思い、ミレイもルルーシュの家族の話を避けようと考え、事情を知らないリヴァルは単純にルルーシュに似ているという母親が気になったようだ。

しかし、次のナナリーの爆弾発言にみなの思考が止まる。

「あと、お兄様にとって大切な方の写真も入っています」

「・・え?」

一番初めに、硬直をといたのはミレイだった。
「・・っ!それだ〜〜〜〜!!」

びしっと、ナナリーを指差して言うミレイに、リヴァルももちろん食いついている。
「なんだよー!あいつ、ナナリー以外にも大切な女の子なんていたんだ?」
失礼極まりない発言だったが、ナナリーは少しだけ困った表情をしただけだ。
「ええ。あのロケットは写真を数枚入れられる造りをしているのです。お兄様、「あいつの写真もここに入れている」とおっしゃっていたから、多分・・」

「『あいつ』ね。なにか名前とかはいっていなかったの?」
ミレイは腕を組んで右手の上にあごを乗せて、質問する。
「・・そうですね・・。お名前は聞きませんでしたけれど、・・でもあのロケットがお兄様にとって大切な人の写真をしまっているものなのは確かですね」
にっこりとナナリーが微笑んだ。
ミレイとリヴァルはそのあと、いかにしてルルーシュのロケットを見るか策を講じていたが、スザクは心ここにあらずという状態から戻れなくなっていた。
様子のおかしいスザクに気づいたミレイが、小さな声で耳打ちする。
「大丈夫、一枚目のことは他人に知られないようとりはかるから。問題は、裏に隠れているって言う女の子だしね」
そういって茶目っ気たっぷりにウインクするが、スザクは乾いた笑いをするしかできなかった。

「あの、僕そろそろルルーシュのところいってきますね。コピーの手伝いするって約束してるし・・」
なんだか、この場にいたくなくて、とっさに言い訳が出てしまう。確かに、応接室で書類と戦っているルルーシュの手伝いは日課でもあるのだが、軍の仕事を優先させているスザクはルルーシュと明確な約束はしていない。それよりも今は一人になりたかった。
「あ、うん。いいわよ〜。じゃ、作戦実行のときは、協力してもらうからよろしくね」
だが、習慣になれきっていた生徒会のメンバーは笑顔で送り出してくれた。そうしてスザクは一人廊下を一番時間のかかるルートを使って応接室へと向かった。

(ルルーシュが好きな女の子?)

あの時、ロケットの中身を見ていたら・・・。スザクは激しく後悔していた。
先日のアーサー事件のときに相当あわてていたルルーシュを思い出す。必死にロケットを取り戻そうと階段を駆け上がっていたルルーシュ。あれは、家族の写真だけではなく、隠された写真を他人に見られないようにするためだったのか、と。

7年前にスザクがルルーシュに貸してもらって中身をみた時は、一番上の家族写真だけしかなかったのか、それともその当時から裏があったのかわからない。

「・・くそっ!」
ついつい、人がいない廊下で壁を蹴ってしまう。
家族以外に、・・・自分以外にルルーシュに大切な人がいる。
それは、人ならば当たり前のことなのだが、自分が知らないルルーシュが多すぎる。7年前から知ってるとはいえ、その前も知らなければ、今年になるまでルルーシュたちとは会えていなかったのだ。その長い時間を恨めしく感じる。
少なくとも、スザクがルルーシュとともに過ごしている今はルルーシュに女の子の影はあまり感じられない。あえて言うなら、生徒会メンバーくらいだろうが、シャーリーのようにルルーシュのことをあこがれている女の子はいても、ルルーシュの方が気に掛けている女の子はいない気がする。
と、すると、やはり過去だろう。
それが、7年前より前なのか、後なのかは定かではないけれど。

(・・・このままじゃ、ルルーシュに顔あわせられないな・・)

自分の嫉妬深い感情が止められなくて、スザクはいったん頭を冷やそうと、応接室の手前で引き返して、外の水道へと向かうのだった。


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数週間後、、東京租界の中心地のブリタニア政庁はいささかあわただしくなっていた。

「ああ。まったく・・どうして、こう面倒なことが重なるのかね・・」
政庁の奥の政務室では、クロヴィスが一人ため息をこぼした。
本日、かねてからの提案どおりユーフェミアが来訪することは前から決まっていたが、ほかならぬユーフェミアの提案で、急遽彼女だけでなく、コーネリアとシュナイゼルまでが来ることになってしまったのだ。

(今は、あの二人同時に会う気はなかったのだが・・・)
クロヴィスはそのうち、二人にはそれぞれ会うつもりではいた。それは、7年前のことの探りを入れたかったからだ。いまさら蒸し返して、ルルーシュたちを危険にさらすつもりはないが、7年前にルルーシュたちを迎えにやるとき、手を貸したのがシュナイゼルとコーネリアだった。
自分以外の誰かが暗殺者を送り込んでいた。ということは、二人のうちどちらかがという可能性も否定しきれない。
いくら実の兄弟だからといって、いや、兄弟だからこそ許せないものがある。
一人一人に内密に会って、じっくりあのときの話が何か食い違うことはないか確認しようと思っていたけれど、今回二人は同時にやってくる。

(まあ、いつか確認をとるにしても今回は無理、ということかな・・)
ルルーシュたちが実は生きていたということもあったので、まずその問題は先送りにするのがいいと判断して、とにかく彼らの生存を知られるわけにはいかない、と心することにした。


「クロヴィスお兄様。お久しぶりです」
約束していた午前十時ほぼ定刻に、久しぶりに見る兄妹がやってきた。
「久しぶりだね、ユーフェミア。しばらく見ない間に素敵なレディになったね」
花のように微笑む妹に、貴族間で話すような賛辞を送るとユフィは少しだけ困った顔をする。
「そんなこと・・ありがとうございます。今日はお兄様にあえるのをとっても楽しみにしていたんです」
ユフィは否定をしようとして、自分よりも上位の皇位継承者の言葉を否定するのは失礼にあたると気がつき、礼を述べた。それが、公の皇族間では当たり前の行動だからだ。
今は、周りに人も大勢いるのだ。

そんな微笑ましいユフィの行動を一緒にやってきたコーネリアも誇らしそうに見ている。
「姉上、お久しぶりです。長らくご無沙汰してしまい、申し訳ありませんでした」
クロヴィスは姉であるコーネリアに挨拶をする。
「いや、こちらこそ本国の式典にはあまり参加できなかった。気になしないでほしい。元気そうな顔を見られて私もうれしいよ」
コーネリアの言葉に、クロヴィスは礼を述べた。コーネリアは、各エリアを回っては戦場へと駆る戦士だ。不穏な地域を自ら操るナイトメアで走り抜けている。本来は、ユフィはまずコーネリアのいるエリアに視察に行くべきなのだが、このエリア11の東京租界は、治安もいい。護衛無しとまでは行かないが、かなり気楽に見て回ることが可能だろう。

「お久しぶりです、シュナイゼル兄上」
そして、最後にクロヴィスは兄妹をやさしく見守っていた兄にも挨拶する。

「久しぶりだね、クロヴィス。今日は楽しみにしているよ」
シュナイゼルは、ユフィの見学に数時間付き合った後は、単身、特派に顔を出す予定だ。宰相という立場ゆえ、今回もユフィのためだけであったら、本国を離れることもできないほど超多忙なはずある。
「あちらは、ほぼ用意が整っておりますよ」
実戦演習を見せることはないとは思うが、クロヴィスはにこりと微笑んだ。


まずは政庁で軽く休みを入れてお茶をした後、早速見学をしようと車に乗り込んで、クロヴィスはルルーシュが立てておいてくれた計画書の通り、観光案内をした。車の中はプライベート空間なので、案外気楽に話す。

「うふふ。本当はシュナイゼルお兄様まで、一緒に来てくださるなんて思っていなかったんです」
にこにこと上機嫌でユフィが言うと、シュナイゼルは笑みを強くする。
「寂しいじゃないか。血のつながった兄妹が困っているというのに、エリア内の視察の同行もできないなんて」
シュナイゼルの、「後で特派に寄るのはただの口実だよ」と言外に言っているような言葉にユフィはさらにうれしそうに微笑んだ。
視察は車の中から、見るものもあれば、美術館など中を見て回ること、あとはユフィが乗ってみたいと考えていた電車も、計画通りもっとも安全な区間のみ乗車した。
「わたくし、電車というものに乗ってみたかったんです。本当にうれしいです」
エリアの統括とは程遠い発言だが、妹の喜ぶ顔にクロヴィスもうれしくなった。
「本国では、専用車と飛行機のみだからね」
公共の交通に乗ることはありえない。クロヴィスも、実はルルーシュの考え出したこのプランは、必要ないのではないのかと思っていたが、予想以上に喜ぶユフィに実行してよかったと思うのだった。
「クロヴィスは気がきくね。ユフィの一番喜ぶルートを考え出すとは・・」
シュナイゼルまで感心させたことは予想外のことであったが。
「クロヴィスお兄様、失礼を承知で申し上げれば、私、もうひとつ見てみたいところがあります」
だから、ユフィのそんな発言にも軽く「君が望むなら」と答えてしまった。
「ありがとうございます。では、学校にいってみたいんです」

「え・・・?」
「ほう?」
一瞬予想外のことを言われて、クロヴィスは言葉をとめる。
「・・そうか。ユフィも学生だったしね」
内心冷や汗を流しながら、クロヴィスは秘書にここから一番近くて、いってはいけない学園以外の名前を告げようとした。
「あ、お兄様。できましたらアッシュフォード学園がいいです」
しかし、ユフィに先に言われてしまう。

「アッシュフォード?何か気になることでもあるのか?」
コーネリアが聞くと、ユフィは「はい」とうなずいた。

「枢木スザクさんに会いたいんです」
枢木という名前に、コーネリアもぴんときたようだ。わずかに顔を曇らせる。
「枢木といえば、例のパイロットか。そういえば、ユフィは彼の学生復帰をクロヴィスにたのんでいたね」
事情を知らないコーネリアでもわかるように、シュナイゼルが告げるとユフィは肯定した。

「はい。シュナイゼルお兄様からお借りした資料に彼の名前を発見したとき、どうしても会ってみたいと思いまして、以前会いにきたのですが、少しの間話しただけでも、とても優しい方だったんです。きっと、楽しい学生生活を送ってるんじゃないかなって・・・できたら驚かせにいってみたいのです」
そこまで言われて、クロヴィスは違う学校を案内することなどできなかった。