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それから一ヵ月後。

「総督。何でここにいらっしゃるんですか?」
具合の良くなった兄妹は無事学園に戻ってきた。ただ、金髪紫目の学園にいるはずのない人物を連れてきて。正確には、毎日のように兄妹目当てに通う学校とは明らかに異質な存在に、ルルーシュは冷たく言い放つ。

クロヴィスは政務の合間を見つけては、お忍びでアッシュフォード学園に顔を出すようになった。学園の協力もあって普段は使われていない特別な応接室が連日使用されることになった。今日も校内放送で呼び出されたルルーシュは不機嫌な顔を隠さないまま部屋に足を運んだ。一度、会いたくなくてそのままクラブハウスに引きこもったら、5分に一回の放送が続いた後、クロヴィス自らがクラブハウスまで押しかける暴挙に出てからは、一回目の放送で応接室までは顔を出すことにしている。
「いや。いい絵のインスピレーションに出逢えなくてね・・もしかして、学園といういつもと違う場所ならば、いい素材に出逢える気がしたのだよ」

「いつもと、違う場所?ですか・・」
クロヴィスの言葉に、すかさずルルーシュは反論する。

「この一週間、毎日いないはずの人の顔を見た気がするのは、わたしの気のせいだと?」
「いや。まあ。はははっ。細かいことは気にしないでくれ。ところで、ルルーシュ。今日はあの騎士君は一緒じゃないのかい?」

ぴくりと、ルルーシュの眉が上がる。
生徒会メンバーなどに言わせれば、今ルルーシュにスザクという名は禁句としてそっとしておかれることだろうが、クロヴィスは逆にからかうほうを選ぶ。

「・・スザクのことですか?」

「そうそう。枢木スザク君」
先ほどまでは、クロヴィスに対して他人としての態度をとっていたのに、スザクという名にルルーシュが、気を使わない言葉遣いにかわる。クロヴィスの言葉に、さらにルルーシュの機嫌が悪くなって、眉間にしわがよっている。クロヴィスとしてはそんなルルーシュの表情や態度が面白くてついついスザクの名を出すのだが今日はいつも以上に怒っているようだ。
「いつも一緒にいるのに、今日は喧嘩でもしたのかい?」
「・・そんなことないですよ。・・・あいつはただ、今日は軍の用事があるだけです。そんなに、いつも一緒にいるわけでもないですから」

ルルーシュは、スザクが軍にいることを気に入っていない。スザクと再会出来たのもスザクが軍に入隊したからこそでもあるのだが、常に危険がともなう仕事には変わりはない。
ルルーシュは、先ほど急に呼び出されたスザクが言った「軍に帰る」という言葉にとても気分を害していた。

「まあ、私としては、君がいれば君とだけゆっくり話せるし、絵も描けるし、この書類も片付くから一石三鳥というところだけど」
「また!ですか。少しは、政務もまじめにやってください。一応、あなたはこのエリアの総督なんですよ!」
クロヴィスが笑いながら差し出した書類の束にルルーシュはげんなりしながら、小言を言う。

この応接室は、ここ数日仮の総督政務室となっていた。仕事をしているのは、ルルーシュ一人。
クロヴィスは、ひたすら絵を描いたりお茶を飲んだり、ナナリーと遊んだり悠々自適に過ごしている。そのかわり、総督としてやらなくてはいけない決済の書類を持ち込んではルルーシュにチェックさせているのだ。スザクも一緒にいるときは手伝おうとするのだが、あまりスザクの得意分野でもないので、ルルーシュの邪魔をしないようにお茶の用意をしたり、ルルーシュが無言で差し出してくる書類をコピーしに走ったりくらいしかしていない。
「残念だね、ルルーシュ。私は、一応ではなくて、立派にこのエリアの総督なのだよ」
クロヴィスが意味もなく胸を張ると、ルルーシュはそれ以上反論する気も失せたのか渡された書類を黙々と処理し始めたのだった。

「そういえば、先日の式典なのだが」
クロヴィスはデッサン用のスケッチブックを開きながら今日の朝、聞いた話を思い出す。
「本国で行われた、皇帝の在位何周年でしたっけ?なんだかそんな式典があったようですね」
ルルーシュも書類に目を落したまま、先日のニュースで流れていた本国の様子を思い出す。

皇族や貴族が勢ぞろいしているパーティ会場か何かでの豪華料理の特集というくだらない番組だったが、そんな式典があるのか・・と、記憶には残っていた。
「そう、それ。私は今回出席を見合わせたのだがね。実はその時、ユフィが私に用事があったようなのだよ。」

「ユフィですか」
もちろん、ルルーシュもユフィのことは覚えている。ナナリーといっしょによく遊んでいた。他の皇族には珍しく思えるくらい、仲が良く、母親の許可をもらって、部屋に泊まりに行ったことすらある。ルルーシュよりは一歳年下のとにかくよく笑う印象の女の子を思い出す。

「彼女は今、学生ですか?」
「・・おや。知らなかったのかい?」
ルルーシュとしては、皇室の情報誌に顔が乗らないので、まだ学生をやっているのかな・・と勝手に推測したのだが。

「何のことです?」
「もう、枢木から聞いているのかと思っていたよ」
「スザクから??」
クロヴィスの思ってもいなかった言葉に、驚いてしまう。スザクからは彼女の名前なんて一度も聞いていない。
「そうか・・。聞いてないのか?」
ルルーシュの動揺が走った表情になんだかうれしそうな、クロヴィスにむっとしてしまう。
「知りませんよ。なんで、スザクとユフィにつながりがあるなんて思うんですか!」
「まあ、知り合ったのは偶然だとは思うけどね・・。ユフィは先日学生を辞めたんだよ」

「・・・なにかあったんですか?」
やめたという言葉に気になってしまう。もしかして彼女も、数ある皇族の駒のひとつとして政略結婚・・なんて、考えてしまう。
「いやあ、たいしたことはなかったと思うが、ユフィもそろそろ皇族として他のエリアを赴くことが決められたんだよ。だが、学生の間にしたかったこともあったようだからね、枢木のことを見つけたときに彼の学生生活への優遇を私に掛け合ってきたことはあったが」
「ユフィがスザクを学生にしたんですか・・・」
知らなかった事実に、少なからずショックを受ける。
「私としては、枢木が他ではなくこの学園に入学した運をうれしく思うけどね」
にっこりと微笑んでいうクロヴィスにルルーシュは苦い顔をした。

「それで、さっきのユフィの話っていうのは何なんですか?」
照れ隠しも含めて話を元に戻す。

「ああ。忘れていたよ。そうそう、彼女がエリアの様子を直に見てみたいというので、今度このエリアまで来ることになったのだよ」
「なんだ、てっきりこのエリアの副総督にでもなるのかと思っていました」
思ったままを告げると、クロヴィスも肩をすくめる。
「いや、それは・・姉上が許さないだろう?姉上の下で、しばらく学ぶ予定と聞いたよ」
クロヴィスの言う姉上とはコーネリアのことだろう。コーネリアはとにかく、ユーフェミアをかわいがっていた記憶がある。
「コーネリアと・・」
「こら。ルルーシュ。あ・ね・う・え、だろう。まったく、私のことも最近は兄と呼んでくれないというのに、姉上が聞いたらさぞかし嘆かれると思うよ」
「会う予定はありません。それに、言ったはずです。俺はもう皇族でも何でもありません。ルルーシュ・ヴィ・ブリタニアなんて存在、もうとっくの昔にいなくなったんです」
「だが、ルルーシュはここにいるではないか。 ・・まあ、私も君がここにいてくれるだけで嬉しいから、せめて週に一回は政庁に来てくれるといいのだが・・」
クロヴィスは、そういってルルーシュに政庁に来ることを勧める。実は、政庁から学園に帰るときもクロヴィスは相当難色を示した。せっかく再会出来たのに水臭い、といっては兄妹を引きとめようとした。
しかし、ルルーシュは政庁にいては他の皇族関係者に出会ってしまう危険性が高い上に、何時までも身分不詳のままアリエス宮に似たクロヴィスの私邸にいるのもいらぬ憶測を呼んでしまう。スザクから得た情報では、軍の中で、スザクの政庁への出入もとても騒がれているらしく、長期間滞在すれば、一般市民がいることを不審に思うものも出てきてしまうだろう。
ルルーシュとしては、そう思っていたのだが、実は館内のものはどうみても一般市民に見えないルルーシュを貴族と思っていたので、あまり気に留めていなかったのだが、それはスザクもクロヴィスも言うつもりはなかった。
話し合いはしばらく膠着状態が続いたが、決め手の一言はナナリーの「お兄様と学園生活に戻りたい」という一言だった。
ナナリーを悲しませるのは本意ではないといって、クロヴィスもしぶしぶ了承したのだ。
「何度も言うようですが、俺は一般市民です。政庁に用事はありません」
「でも、君が政庁にいてくれたらこの仕事ももっと速く終わってきっと楽しいよ」
「あなたは、全然手をつけていないじゃないですか!もともと、これはあなたの仕事なんですよ!」
ルルーシュは大方整理し終えた書類を机に叩きつける。本人は無自覚であろうが、怒っているとルルーシュの瞳はきらきらと輝いている。

「まあまあ、ルルーシュ落ち着いて。いちごのケーキでも食べようか?」

クロヴィスは、異母弟のかわいい(と思っている)表情に微笑んで、のらりくらりと笑ってごまかすことにした。