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「ルルーシュ、起きたんだね」
館の途中で、この館の執事からルルーシュが目覚めたことを聞いたスザクは、ルルーシュとナナリーの二人がいるというサロンに向かった。部屋に入って開口一番にそんなことを言うスザクにルルーシュのほうが戸惑ってしまう。
「・・な・・なんで・・お前までここに」
クロヴィス殿下がそろえたのであろう、レースの襟のついたブリタニア風のふんわりとしたブラウスを着て、口をパクパクさせるルルーシュを見ているとなんだか実際の年齢よりも年下のようだ。

「・・ごめん。僕が殿下にお知らせしたから」
ぺコンと、頭を下げて謝ると事情を察したのか、ルルーシュは「スザク、ちょっとここまでこい」と手招きする。
言われたとおり、ナナリーの向かいにあるルルーシュの隣のソファーに腰を下ろすと、ルルーシュは問答無用で、スザクの頭をたたいた。

「いたっ・・」

「お兄様!スザクさんを責めないでください」
あまり言うほど痛かったわけではないのだが、反射的に出た声にナナリーのほうが反応する。

「スザクさんは、お兄様のことを思ってクロヴィスお兄様にお知らせしてくださったのですから」

「・・だが、こいつは約束を破ったんだ」
ルルーシュが言うと、ナナリーが、そんなお兄様は嫌いですと爆弾を投下する。

「なっ・・ナナリー」

「ね、お兄様。スザクさんと仲直りしてくださいますよね?」
どうにも、ルルーシュはナナリーには勝てないらしい。しぶしぶと、スザクを見る。

「まあ・・過ぎたことを言うつもりはない」
「お兄様!」
言いたいのは、言わなくてはいけないのはそんな言葉ではないだろう、とナナリーが促す。
「・・色々、世話を掛けた。すまなかったな・・・・ありがとう」
ぶすっとしながら言うルルーシュに、スザクはナナリーの前だと、こうも素直になるのかと笑いがこみ上げてきた。具合がいいときの、いつもどおりのルルーシュのそんな姿に安心感を感じながら。
「どういたしまして」

「・・なんだ?」
ルルーシュの問いに、スザクはどうしたの?と聞き返す。
「なぜそんなに、笑っている」
まだ怒っていそうなルルーシュに、スザクは「だって」と理由を告げる。

「君も、君のお兄さんも同じことするなぁって」

ルルーシュの名を告げたとき、わざわざ呼びつけてから殴ったクロヴィス殿下と、今のわざわざ自分が座っているソファーまで呼んでから叩いたルルーシュ。

「・・なんのことだ?」

さすがに、ルルーシュも意味がわからないのか疑問を重ねる。

「あはは。まあいいじゃないか」
スザクは、笑ってごまかすことにした。
「スザク!」
ルルーシュは怒って手をスザクの伸ばそうとして、スザクに止められる。
「そう何度も同じ手にはかからないって」
「まあ!お兄様ったら、またスザクさんのこと」
ナナリーの援護もあってか、ルルーシュはふいっと横を向いてしまった。
「別に喧嘩はしていない」
「あはは」
スザクが、もう一度笑うと、ルルーシュも苦笑した。


少しして、政務の合間を縫って現れたクロヴィス殿下は、7年前も同じであっただろう、兄妹が笑いあっている姿に微笑を浮かべた。

「ルルーシュ、そろそろ部屋に戻りなさい。君は昨日までずっと眠っていたのだよ」
「兄上・・」
部屋に入ってきたクロヴィス殿下に、ルルーシュの表情が変わる。それは、敵か味方を見定めるかのように無表情に。ルルーシュの横で、クロヴィス殿下に臣下の礼をしながらスザクは、そんなルルーシュを痛ましく思った。
ルルーシュが何をしたわけでもないのに、心配している兄妹を信用できないなんてそんな境遇になった過去を。
クロヴィス殿下も、ルルーシュのその様子に気がついたがあえて、言うつもりはないようであった。
「色々積もる話もあるだろうが、今は少し休みなさい」

「お兄様、クロヴィスお兄様の言うとおりですわ。わたしったらお兄様の体調も考えずに・・スザクさん、お兄様の部屋までついていってくださいます?」
ナナリーも賛同したのでルルーシュは異を唱えることができなかった。



「結局お前には助けられてばかりだな・・・ありがとう」
ついてこなくてもいい、というルルーシュをなだめて、ベッドに行くまでを付き添ったスザクにルルーシュは、改めて礼を言う。そして、真顔になる。
「だが・・」
「ごめん!約束を破って!」
スザクはもう一度謝った。ほかでもないルルーシュとの約束したことを自分は破ってしまったのだ。ルルーシュの身を守るためには、こうするしかないと思った行動の結果だけど、約束は反故にしてしまったことは事実だ。

「・・ごめん。ナナリーから聞いたよ。どうして、ルルーシュが、皇族に知らせることができなかったのか・・」
「・・・そうか」
スザクは先日のナナリーの話をクロヴィス殿下と一緒に聞いたことを言う。ルルーシュもナナリーも、悲しいことだけれど、実の兄であるクロヴィス殿下のことも疑っていたのだ。ナナリーの話をきいていた彼の様子からは、はじめて事実を知った驚きの表情が現れていた。
「・・たぶん、クロヴィス殿下は君たちのこと、心から心配しているだけだと思う」
言いながら、スザクはクロヴィス殿下の兄妹を思う気持ちは本当だと感じられたが、だが、ルルーシュたちがすごした皇室の権謀世界とは、一筋縄ではいかない世界でもあったのだと知った。元々、ルルーシュたちの母親がその犠牲になったというのに、スザクは自分の知らない人のこととして、関心が薄かったのかもしれない。スザクにとって、重要なのはルルーシュの家族ではなく、ルルーシュその人だけだったから。
今回も、一歩間違えれば、再びルルーシュたちをなくしてしまったということもありえたのだ。

「7年前、君たちと離れていなければ・・・」
悲しい思いはさせなくてすんだのに・・そう、スザクが告げる前にルルーシュが言葉を続ける。
「・・・・離れていなければ、ここにこうしていなかったかもな」
「ルルーシュ?」
「・・いや。いい」
それっきりルルーシュは黙ってしまう。スザクは、肩を出していたルルーシュに毛布を掛けてあげる。スザクの動作を、じっと見るルルーシュ。
スザクは、少しだけ思案顔してから、いつもこの部屋で見た光景を思い出した。

「勝手なお願いなのはわかってるけど、僕はルルーシュに・・元気でいてほしいんだ。ルルーシュのこと大切だから。だから・・」
早く良くなってほしい、そう願いながらルルーシュの紫色の瞳に吸い込まれるようにスザクはルルーシュの唇にキスをした。

「・・・なっ!」

スザクが離れると、あわてて、ルルーシュは、自分の唇を隠すかのように手を当てる。

「・・・ごめん。お休みのキス。クロヴィス殿下が、ここ数日毎日お休みのキスしてたから、そういう習慣だったのかって思って・・・」
少し傷ついた顔をして、しれっとスザクは言うが、ルルーシュも日本で暮らして長いのだ。
今日の起き抜けは寝ぼけていたこともあってクロヴィスのキスも深く考ず、すぐ忘れてしまったが、ルルーシュはキスという行為にいくらかの羞恥心を持っている。しかも、クロヴィスがしたのは頬にキスだ。
なぜ、そこで唇にするんだと、ルルーシュはスザクの無頓着さを憎憎しく思ってしまう。

(こ・・この馬鹿!!)
心の中で、罵倒する。

「・・わかった。休む」
ルルーシュは顔が赤面するのを見られたくなくて、スザクが肩まで掛けてくれた毛布を頭まですっぽりかぶった。

「うん。じゃあまた明日も来るから」
そういって静かに出て行くスザクをルルーシュは毛布をかぶったまま見送った。
ルルーシュにとって唇のキスはファーストキスだったのだ。頬に挨拶のキスをするのが習慣の国が何を言うかと笑われそうだが、ルルーシュなりに、恋人になったものとする行為という認識をしていた。

(それを・・ただの挨拶だと・・・)

自分たちに好意的な態度である兄とはいえ、皇室に自分たちの存在が知られてしまったという問題を抱えつつも、ルルーシュはつかの間そんなこともすっかり忘れて、ひたすらスザクへの罵詈雑言を心の中で唱えていたのだった。