_____


懐かしい音がする。
ささやくような笑い声。
幼いころ母と妹と3人で遊んだときの声。
ずっと熱にうかされていたような気がするのに、なんだか今日は寝覚めがいい。

ナナリーの楽しそうな声が聞こえるからだろうか。

「おや・・起きたようだね?」
うっすら目を開けると、そこにいるはずのない人物が自分の額に手を伸ばしていた。

「・・うん・・熱も下がったようだ」
驚いて、声も出せないでいると、ルルーシュの熱をはかっていたのか、暖かい手は額から遠ざかっていく。
「・・な・・ぜ・・」

いるはずがない。
これは夢なのだろうか。

それとも自分たちは、また皇族の闇に何時の間にか捕らえられてしまったのだろうか。
驚いている自分をよそに、彼はそっとルルーシュの頬にキスをする。
「起きられるなら、何か用意するよ。・・そうだ、ナナリーも呼んでこよう」

「な!・・・ナナリーは・・」

「ルルーシュのほうが、長く寝込んでいたからね。ナナリーも、もうすっかり良くなったよ。君のことを心配していた。もちろん、私もだがね」
言って、ウインクをされる。

この人は誰なのだろう・・とルルーシュは思う。
本当に夢を見ているのかもしれない。しかし、紛れもなく、過去にあっていた人で。
よく、報道にうつるあの人で。

部屋から出て行くその人、クロヴィスをただ呆然と見送った。



スザクは、訓練を終えて上司に挨拶するとすぐ、今日も彼が眠っている政庁の奥へと向かった。
ここ数日の間に、主であるクロヴィス殿下の指示でセキュリティが厳しくなった館に、スザクは許可されたので、奥まで入ることができる。
それを一部の純潔派の軍人にやっかみ半分に言われたこともあったが、スザクにとっては自分が何を言われようと、彼の元へ通うことを辞めるつもりもなかったので無視することにしていた。
先日、ナナリーが目を覚ました。今はだいぶ安定していて、そばについている咲世子さんもほっとした表情をしていた。彼女は、クラブハウスから移動する際も、もちろん一緒についてきてもらった。クロヴィス殿下は直接話してはいないようだったが。どちらかというと、ナナリーの元には咲世子さんがずっと付きっきりで看病していたので、クロヴィス殿下はほとんどルルーシュのもとにいたようだった。
自分がルルーシュの見舞いに行くと、ほぼクロヴィス殿下が顔を見せた気がする。
看病そのものは、専門家が見ていたけれど、久しぶりに会えた兄妹の顔を何度も確かめては、やさしくルルーシュの髪を直したりしていた。

(俺だって、看病してるんだけどな・・)
ルルーシュを思う気持ちは負けるつもりはないのだが、血のつながりの差は大きいのか、自然にルルーシュに触れている彼を見るとほんの少し苛立ちを感じたけれど。


クロヴィス殿下は、本国に二人の存在を知らせていない。
まずは、二人の回復を待っていた彼は、先日回復したナナリーの言葉により、本国にも秘密をもつ気になったのだろう。



「ナナリー、無事だったのだね」
ベッドに半身を起こしているナナリーにクロヴィス殿下は言ってからぎゅっと抱きしめた。
「クロヴィスお兄様・・」
ナナリーは少し戸惑っていたが、スザクの気配も感じたのか、事情を察したようだ。

「・・あの、クロヴィスおにいさま」
抱きしめて感慨にふけっているクロヴィス殿下へと顔を向ける。
「ん・・なんだい?」
「お兄様は?私がここにいるということは、お兄様になにか・・」
不安そうに聞くナナリーの髪をなでながらクロヴィスは微笑んだ。
「心配しなくても大丈夫だよ、ナナリー。ルルーシュは少し疲れて眠っているけれど、もうだいぶ良くなっているからもう少しで目を覚ますはずだと医者もいっていたから」

「そう、ですか。よかった・・」
心底ほっとした表情を見せるナナリーにクロヴィスも後ろに控えていたスザクも微笑む。
「君もゆっくり休んで、早く良くなろうね。」
「はい。ありがとうございます・・・あの」
もう一度クロヴィス殿下を見あげるナナリー。
「まだ、心配事かい?君の望みなら何でもかなえてあげるよ」

「・・あの・・・では、ひとつ、お願いが・・」
「うん・・なんだい?」
「まずはお聞きしてもいいですか?ここに私たちがいるのをご存知なのは、クロヴィスお兄様だけでしょうか?」

「・・・」
ナナリーの言葉に、クロヴィスは、少しだけ表情を硬くする。それは、先日いま自分の後ろに控えているスザクにほかのものには知らせずに、二人を助けてほしいといわれた理由にあたることだろうと推測できる言葉でもあったからだ。
「そうだね。今は、まだ兄上たちにも知らせていないよ。ナナリー、僕も気になっていったんだ。どうして、僕たちにも無事の連絡もできなかったのか」
やさしく、諭すように言うクロヴィスにナナリーは下を向く。
「すみません・・」
「いや・・生きていてくれて、本当にうれしいんだ」
そっと肩を抱くクロヴィス。

「・・・クロヴィスお兄様。・・話を聞いていただけますか?」
ナナリーは静かに呼吸を整えてから、見えない瞳でクロヴィスを見つめるかのようにもう一度見上げた。
「もちろん」

「ありがとうございます。・・あの、できれば、スザクさんにも」
深刻なうち明け話になるだろうと、クロヴィスは後ろを振り向いて視線でスザクに退室を促したのだが、ナナリーが先に声をかける。部屋を後にしようとしていたスザクはその言葉に止まってもう一度クロヴィスを見ると、クロヴィスも了承してくれたようだ。
しかし、皇族の隣に座ることも許されるわけもなく、ナナリーのベッドの隣にクロヴィス、そして、その後ろにスザクが立つ形でナナリーの話を聞くことにした。

「ここにスザクさんがいるのならクロヴィスお兄様もご存知かと思いますが、私たちは7年前にスザクさんと別れました」
ナナリーは静かに、話し出す。その当時のことを少しでも思い出すかのように。
「あの時も、お兄様は私を守っていてくれました。ずっと手をつないで。お兄様にはその時二箇所から迎えが来ていたと聞いていましたが、どちらを選んでも本国に送ってもらえるというものでしたから、どちらでも同じといわれて、私たちは一方の用意した車に乗り込みました。車の移動はとても長くて、でもお兄様がずっと手を握っていてくれたから怖くはなかったのですが、その日の夜、用意された部屋で眠れないでいたら、その人たちが、私たちを殺そうとしていることを知りました。」

たんたんと、自分たちが殺されようとしていたことを告げるナナリーに、クロヴィスは悲痛な気持ちになる。

「お兄様と二人で、考えました。このままでは殺されてしまうから・・。私たちは逃げました。逃げている途中に、私たちを送っていた車は戦渦に巻き込まれたと聞きましたが、そのときはもうあまり頼る人もいなくて、もうひとつの迎えであったアッシュフォードの方々の元へ行くことも不安で・・そうしているとき、お母様の昔の友人という方が助けてくださいました。その方は、アッシュフォードのように貴族でもなく、もうブリタニア本国と連絡も取っていない方でしたので、本国に戻ることはできないとわかりましたが、私のことを気遣ってお兄様は一人だったら帰ることができたのに、一緒にいてくれると言ってくださいました」

穏やかに微笑むナナリー。

「私たちは数年間、青い空と緑に囲まれた館で静かに暮らしました。その場所はこのエリアの中でも、あまり人が立ち入らないところだったのだと思います。会う人も限られていましたがお兄様はいつも穏やかに笑ってくださっていたから、私は十分幸せでした。ですが、2年前私たちを引き取ってくれていた方が、いなくなってしまいました。でもその方も、最後まで私たちのことを考えていてくださって、所在地は知らせなくてもアッシュフォードに連絡だけはしていてくださいました。その方のアッシュフォードならば安全に暮らせるからという言葉を信じて、連絡を取りました。そして私たちは去年学園に入学を許可されました。確かに、学園はとても平和で楽しくて、お兄様も笑うことが多くなりました。私、自分のわがままでずっとお兄様を独り占めしていたのですね・・お兄様をもっと早く、自由にして差し上げたらよかった・・」

「そんなことないよ、ナナリー」
ナナリーの言葉にスザクは否定する。
「ルルーシュはとっても君のことが好きなんだ。離れたくなかったのはルルーシュのほうだと思うよ」

「・・そうでしょうか」
スザクに、言いたいことを言われてしまってクロヴィスは一瞬苦い顔をしてスザクを見たが、ナナリーのほっとした声に、賛同した。
「もちろんさ、ナナリー。ルルーシュがとても君の事愛しく思っているのはこの私だって知っているよ」
「ありがとうございます」
にこりと礼を言うナナリーにクロヴィスはもう一度だけ手を伸ばして小さい子にするように頭をなでる。

「だが、アッシュフォードに頼らずとも私がこのエリアにいることは知っていたのだろう?・・連絡をくれたら、すぐに迎えに行ったのに」
「・・ごめんなさい。クロヴィスお兄様。・・はじめに迎えに来てくれた車は『皇族からの』迎えでした。私たちは公式的に7年前に死んだ身です。・・いまさら連絡はできませんでした」

「・・・・」
ナナリーの言葉に、クロヴィスは沈黙をした。

「・・・すまなかった・・・。私たちのせいだったのか・・・」
迎えに行かせた中に暗殺者も一緒に送り込んでしまった失態をしってクロヴィスは激しく後悔をした。

「・・いいえ・・・。あのとき、クロヴィスお兄様も、迎えを送ってくださったのですね。ありがとうございます」
ナナリーは逆に礼を言うが、あのときの迎えに行くものに裏切り者がいたということは、クロヴィスにとって自分たち兄妹の中にも裏切り者がいたということだ。

「クロヴィスお兄様お願いです。私はどうなってもかまいません。お兄様がまた命を狙われるなんて嫌なのです。私たちのことは、誰にもはなさないでいてくださいませんか?」

クロヴィスは、異母妹の切実な願いに、否定などできなかった。