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ルルーシュと感動の再会を果たしたスザクは、だが問題は抱えていた。アッシュフォード学園がいかにオープンな学校とはいえ、自分が名誉ブリタニア人である限りある隔たりは相変わらずだったからだ。
ルルーシュには、迷惑を掛けられないから・・と、会ったその日には、自分とは話さないほうが良いと言ってある。だからルルーシュに危害が及ぶことはないだろう。
スザクとしては、ルルーシュが生きていてくれただけでもうれしいのだ。
自分のために迷惑を掛けたくはなかった。

その日も、スザクは軍により遅くなったが、放課後だけでも出たほうが良いという上司の温情で学園に登校していた。
ルルーシュは今頃どこにいるのだろうと思いながら廊下を歩いていると、館内放送がかかった。

ピンポンパンポーン♪

『ねこだぁー!』

一声目からびっくりするような内容に足を止める。

『全校生徒は、部活を一時中断。校内にいる猫を捕まえること!捕まえた者の所属するクラブには予算を優遇します。また、副賞として生徒会メンバーからのキッス!!』

ずいぶんと、はっちゃけた内容の放送に校内がざわめく。この声は、この学園の生徒会長ミレイ・アッシュフォードだろう。スザクの耳に入るだけの情報でもかなりのお祭り好きの人物として有名だ。
スザクは自分には関係ないなと思いつつも、ついつい庭のほうに目を向ける。特に猫の姿もないので、このまま無視しようと歩を進めようとして、今度は自分も知ってる声に足を止める。

『その猫のヒントは?』

『たぶん・・そのコは足が悪いのかもしれません。あと、そのコの声はこんなかんじです。にゃあ〜〜〜〜〜ん』

聞きなおさなくてもわかる。ナナリーの声。
この、突然始まったゲームのような行事にはナナリーもかかわっているのだろうか。それならば、ルルーシュも・・?

そうおもったら、スザクの足は勝手に猫を探すために庭へと向かっていた。

スザクは、学園内のだれと話すことはなくても、目撃情報などを自然と耳に入れて向かった先には、ルルーシュがいた。様子からして、どうやら、ルルーシュも猫を探しているようだとわかる。

(もしかして、ルルーシュ、賞品目当てかな?)

先ほどの放送を思い出したら、スザクは面白くないなと感じてしまった。
ルルーシュが誰か知らない人のキスをほしがっているなんて、と。
「おい、お前、あとは俺がいくから」
だから、この階段を上がってくれるな、というルルーシュの言葉にむっとしてしまう。
そんなに賞品がほしいのか。と。
猫が上っていった階段を駆け上がりながら、後ろからばてながらついてくるルルーシュに言い返す。
「だって、会長さんがさがせって」
だから行くんだと、自分に言い聞かせて。

ルルーシュがキスするところなんて見たくないから。

一瞬心によぎった気持ちも、幼馴染のそんな姿見たくないし、と思い直して階段を駆け上がった。後ろからルルーシュの「この体力馬鹿が・・」という声が聞こえてきたけれど、もちろんきれいに無視して。

猫は、階段を上りきったところにある窓の外の、塔の天辺にある鐘のところでくつろいでいた。ずいぶん駆け上がったが、外に出てみるとかなり高さがあることがわかる。落ちたら怪我ではすまないだろう。だが、スザクも意地になっていた。絶対ルルーシュが捕まえることはやめさせようと。猫とはあまり仲良くなれたことはないが、ひっしに「おいでおいで」と繰り返し呼び続けた。

「おい、スザク!」
ようやく追いついたルルーシュが窓の外に出てくる。
「もういいからお前は降りろ」
一方的なルルーシュのいいようにますますむっとしつつ、もう一度猫の方を向こうとしたところで、ずるずると落ちていくルルーシュが目の端に写る。

「ルルーシュ!!」
あわてて、ルルーシュに手を伸ばす。間一髪、片手で塔のとっかかりを、片手でルルーシュを止められたが、そこで気が抜けたのかルルーシュから力が抜ける。
「え・・わ!」
ルルーシュを支えるためにさらに力を込めて支える。
「悪い・・なんか、力抜けちゃって・・」
ルルーシュの声にほっとして、スザクは微笑んだ。ルルーシュのきれいな表情を見るだけで、先ほどまでの心の中の暗い雲はすっかりなくなってすっきり快晴になったかのようだ。

スザクはふっと息を吐いて、心を落ち着けてからルルーシュを引っ張りあげた。

ルルーシュとともに、窓の中まで戻ると、どんな気まぐれか猫が足元までやってきた。
「にゃあーん」
猫がルルーシュに寄り添ってる姿を見て、ルルーシュが落ちなくて良かったと再度思う。
と、その猫が何かを首から掛けているのを見て、ふと気がつく。
「それって・・・」
それには見覚えがあった。

古びたロケット。

ルルーシュが8年前日本に来たときに持っていたものだ。小さなロケットにはたしか中に母親とナナリーとルルーシュの三人で一緒に写った写真が入っているのを見せてもらったことがある。
「もしかして、ルルーシュそれを探して・・・?」
疑問系で聞いたけど、そのロケットをいとおしそうに手に取るルルーシュの様子に答えなどわかりきっていた。
「目を放した隙に、部屋にこいつが入り込んでいたからな」
ルルーシュの説明は、ずいぶん省略されていたけれどなんとなくスザクにも事情が察せられた。家族思いのルルーシュだ。ロケットを取られてさぞ不安だったのだろう。
ルルーシュの顔には大切なものが見つかってよかったと安堵の表情が浮かんでいる。
と、同時にスザクは、良かった、とおもった。

(良かった・・って何にだろう?)

自分の感情に、スザクは問いかける。
そして気がつく。
自分はルルーシュが誰かとキスをするのが目的で猫を探しているのが嫌だったのだと。
それも・・・・・自分、以外の誰かと。

(もしかして、俺って・・)

今まで気がつかなかったけれど、自分はこの目の前にいる人物に幼馴染以上の感情を持っているのではないか、と。

(ルルーシュが好きなんだ)
気がついたら、すとんと、心の中の整理がついた。
今までルルーシュに関することで小さな苛立ちを感じたのはすべてそれのせいだったのだ。

「・・どうした?スザク」
いつの間にか笑っていたのか、ルルーシュが不思議そうに見ている。
その表情にうつるのは幼馴染への親愛の情。
スザクは、少し考えてから、表情を戻す。
今、いうべきではない。
まだ・・・・。

「いや。落ちなくて良かったな・・と思ってさ。ルルーシュがいなくなってたら、僕一生後悔していたよ」
告げると、ルルーシュは眉を吊り上げてぷいっと顔をそむけた。
「わ・・悪かったな」
「さ、下に行こう。会長さんたち待ってるよ」
猫を抱き上げてから歩き出す。
「・・スザク、お前、先行ってろ!」
何段か上にいるルルーシュはなぜかまだ怒っていたがまあいいかとスザクは先に階段を降りることにした。

下へ行くと生徒が何人か集まっていた。どうやら、先ほどの騒ぎを下から見ていたらしい。しかし猫を抱えて降りてきた自分が名誉ブリタニア人なのでみんな言葉をかけづらいのだろう。戸惑いの雰囲気が漂っていた。
そんな中、サイドカーに乗って到着した生徒会長、ミレイが一声をかける。

「猫は!!猫は、何か持っていなかった??」
「え?・・あったと思いますけど・・・」
その場の雰囲気をものともしない圧倒的な存在感に驚きつつ、考える。

(あれはルルーシュの大切な宝物だ)

写真の内容からしても他人に見せられるものでもないだろう。
「途中で落ちちゃったみたいで・・」

「それだー!あいつのはずかしい日記帳」

「ポエム集だー!!」

会長の声に、クラスメイトのリヴァルの声も重なる。
ポエム集とは何のことだろう・・と思いつつ、答えられないでいると「そういうことですか」と、幾分冷たい声をだしてルルーシュが降りてきた。
「せっかく、われらが副会長の弱みを握れると思ったのに・・」
「ほら、ルルはかっこつけだから・・」
同じクラスで見たことのある女の子も会長に同意している。

(副会長・・?もしかして、ルルーシュが・・)
疑問に思いながら、ルルーシュを見るとルルーシュは別のことを言い始めた。
「会長、お願いがあります。こいつを生徒会のメンバーに入れてください。・・この学園では部活動は必須です。でもこいつは・・」
イレブンだから、とはルルーシュは言わない。でもみんなが思っていること。
ルルーシュの言葉に、ミレイは少し考え込むような姿勢を見せてから、一瞬周りに集まっている生徒たちも見る。多分、ルルーシュの提案するここを断られたら後なんてないのだろう。

「わかったわ。副会長の頼みとあっちゃ断れないものね」
ミレイはそういって、にこりと微笑んだ。

「よろしく。ミレイ・アッシュフォードよ」
「シャーリー・フェネットよ。水泳部と兼部してるの。ルルを助けてくれてありがとう!」
「リヴァル・カルデモンドだぜ。よろしくな」
名乗った彼女に続いて、ほかの生徒会のメンバーが次々名乗り出てくれる。そのなんとも気さくな挨拶に面食らってしまう。
その優しさに、スザクは久しぶりにルルーシュとナナリー以外に、心からの笑顔を向けた。
「枢木スザクです。よろしくお願いします」
自分も名乗って、日本流に頭を下げた。

「それはそうと、お二人ともお耳を」
顔を上げると、ナナリーがにこりと微笑んで言う。
ルルーシュと顔を見合わせてからナナリーに耳を近づけると、一瞬、頬の柔らかい感触がした。
「今回の賞品です。今回はお二人で、ということですので半人前の私で許してくださいね」
そういってナナリーは胸の前で両手を合わせて、にこりと微笑んだ。

ナナリーの言動に、ルルーシュも、スザクも一瞬だけ驚いた顔をしたが、すぐに二人とも、いやそこにいたすべての者が、優しい表情をしたのだった。

その後、いったん広場に集まった生徒たちを解散させた後、生徒会のメンバーに案内されながらスザクは生徒会室にやってきた。
「さっき、紹介が遅れちゃったけど、彼女はカレン・シュタットフェルト。確かスザクとは同じクラスね」
「よろしく」
ミレイの紹介に、おとなしそうな赤い髪をした女の子が一歩前に出てスザクに挨拶する。
「それから、彼女が、ニーナ。ニーナ・アインシュタインよ」
そして、部屋の隅の方でパソコンに向かっている女生徒を紹介するが、彼女は一瞬だけおびえたようにスザクを見てすぐ目をそらしてしまう。
スザクは形ばかりの会釈だけして終わらせた。

「生徒会の仕事は主に、イベントの立ち上げかな??」
ミレイはしょうがないなーという顔をしてから、生徒会の仕事について一応説明してくれるようだ。しかし、話し始めて3分もしないうちに、「後は副会長のルルーシュに聞いておいて」といって投げ出してしまった。ルルーシュも苦笑しつつ、こういう人なんだと、ミレイのことを教えてから、簡潔に説明してくれた。

そんな穏やかな時間が流れる中、他の者が下校して生徒会室にはスザクとルルーシュと二人だけになった。
「ところで、ルルーシュは副賞、ナナリーがくれなかったら誰にもらうつもりだったの?」
スザクは実は気になっていたことをようやく聞いてみる。
「シャーリー?それとも、カレンってコ?」

「・・・お前馬鹿か?」
しかし、返ってくるのはすげない一言。
「え?だって気になるし。ルルーシュって、どういうタイプが好きなのかなーとか色々・・」

「・・お前は・・お前は、誰にもらうつもりだったんだ?」
「え・・僕・・・?。。そういわれても、あんまり生徒会メンバーって知らなかったしなー」
逆にルルーシュに聞かれて、スザクは考える。
「つまり、誰でもいいってことか・・」
いつもより低めの声でルルーシュが言う。
「あ!でも、ルルーシュが副会長って知ってうれしかったよ。僕、ルルーシュからならキスほしかったかな」
にっこり笑っていったら、ルルーシュからは拳が飛んでくる。スザクは珍しいことに、びっくりしつつもあっさりかわしてから、ごめん冗談だよという。
ルルーシュは怒って、「つきあってられないな」と部屋を出て行ってしまった。
「あ。ルルーシュ待ってよ。ごめんって」
再度謝りながらもスザクは、ルルーシュと自分のかばんを持って後に続くのだった。

(まあ、いいか。ずいぶん前にもらったしね)

怒ったルルーシュを追いかけながらスザクは思い出す。
自分が、8年前にルルーシュの唇を奪ったこと。
あの時は、ただ、自分のとなりで無防備に寝ていたルルーシュがあまりにきれいに思えて、まだ好きとか嫌いとかじゃなく、ただ惹かれるようにキスをしてしまったのだけれど。
幼いころの、大切な記憶にスザクは微笑を浮かべつつ、改めて生きているルルーシュに会えてよかったと幸せな気分を味わうのだった。