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アッシュフォード学園。
スザクは今日から、この学校の生徒だ。
スザクの身分は軍人の一歩兵。
名誉ブリタニア人とはいえ、東京租界の中の、しかも名門であるブリタニア人学校に入られる身分でもない。事実この学園で日本人は、本日付で入学が許可されたスザクただ一人だ。
丈の高い詰襟を直して慎重に校門をくぐった。

教師の簡単な説明を受けている間も周りからの視線は歓迎とは程遠いものであった。

(ユフィも気を使ってくれなくても良かったのに・・)
心の中で苦笑する。ユフィとは、ユーフェミア皇女殿下の愛称だ。
神聖ブリタニア帝国では最高権力者である皇帝の愛娘。彼女自身も他のエリアの副総督をしているらしい。
そんな彼女と知り合い、なおかつ愛称を呼ぶことを許してもらえたのは、ほかならぬスザクが今度配属された部署の資料を恐れ多くも皇女殿下自らがご覧になったからだそうだ。
「枢木」スザクという名は、彼ら皇族にとっても気に止まる価値を持つらしい。それは、彼らの愛する今は亡き皇子と皇女と深くかかわりがある家と認識されているからだ。
そして彼女は、スザクのことを知っていた。このエリア11でたまたまスザクと出会うことになったのだ。
彼女は、軍に所属しているスザクが学校に通っていないことを知り、自分がやめてしまった分も含めて勉強するようにと、こうして入れるはずがないブリタニア人の学校へと編入手続きを取り計らってくれた。

(それにしても、こんなに皇族と出会うことになるなんてな)
静かに日のあたる中庭を通りながら、今まで実際に会ったことのある皇族の顔を思い出す。
もちろん7年前まで一緒に過ごしていた兄妹もしかり。3年前に軍に入隊した当時に呼び出されたエリア11の総督、クロヴィス殿下。彼なんて本当に雲の上の存在できっと他の誰に言っても会ったことすら信じてもらえないだろう。
そして、今回、ユーフェミア皇女殿下。彼女はお忍びであったからやはり人に言って信じてもらえるか。少なくとも、上司であるロイドさんはユーフェミアのことを知っていたようだが。

こうして、この学校に足を踏み入れているのだから夢ではないだろうと思いながら、スザクは教室の扉を開いた。アッシュフォード学園というのは、ルルーシュたちの母親の後見をしていたブリタニアの貴族が運営している学園らしい。
ルルーシュに関連のある学園。
正直、スザクは他でもないこの学園に入れたことがうれしかった。3年前、スザクの言葉をきいたクロヴィス殿下がアッシュフォードに再調査をしたことは知っている。そして、ルルーシュとナナリーが見つからなかったことも。
クロヴィス殿下の温情なのか調査資料のコピーをもらったが、スザクは自分の目で確かめたかった。もう、彼らがいないのだとしてもクロヴィス殿下のように真実が知りたかった。

階段状になっている教室内。スザクは挨拶もそこそこに席につく。クラスからの視線は恐れといやなものを見るようなものしか見当たらない。わかっていたことだが、精神をある程度鍛えているからといってもスザクも堪えないわけではない。休み時間も席を立とうか、
迷いながら人の視線のない場所を探して過ごすことが多くなった。
それでも、一縷の望みを掛けて、そっと視線で廊下や人の通りのある場所ではついルルーシュやナナリー、彼らがいないか探してしまう。

そんなことが続いて数日。
スザクは同じクラスに、欠席がちの生徒がいることに気がついた。スザク自身軍との掛け持ちなので、毎日出られるわけではないのだが、斜め前のほうの席と隣の席の人は一回も見たことがない。自分の素性からいっても斜め前の席はともかく、隣の席は空席なのかとも思ったが、教師が必ず自分の隣を見て欠席の確認をしているので、ただの休みなのだと知った。
もちろんスザクに自ら話しかける勇気のある人は今のところいないので、教師の出席とりや、耳を澄ませば聞こえてくるほかの生徒の言葉で知る限りだが、空いている席はシュタットフェルトという女生徒とランペルージという男子生徒のようだ。
その日は、きれいな秋晴れの天気で、朝から気分よく登校したスザクは、自分の席についてかばんから教材を取り出していた。
教室内はあいも変わらずスザクを遠巻きにして談笑する声がさざめいていた。
と、一瞬音が止まる。それは、たった3年とはいえ軍人である自分には、危険信号にも取れるような違和感。原因を探るために目を泳がせる。そして、そこでスザクの瞳には、映るはずのない姿がうつった。
「・・え?」
そこにいたのは、ルルーシュ。
ブリタニア皇帝の実子にして、第11皇子。ルルーシュ・ヴィ・ブリタニアその人だった。
「・・・ル・・・」
思わず、声に出して呼んでしまいそうになって、すぐに周りの存在に気づいて止める。スザクは、今の声を誰かに聞かれたかとそっと目で確認したが、近くの席のものも気づいていないようだった。ほっと胸をなでおろす。
「ルルーシュ、おはよーさん。ずいぶん久しぶりじゃんか・・って、理由は知ってるからわるいとか言ってるわけではないけどさー」
ほかの者も、彼の存在に気づいたのか、仲が良いと思われる人物が話しかけている。

ルルーシュ。

自分が会いたかった人の名前。

もう会えないと思いながらも、もう一度会いたいと思っていた名前。

自分も、もう一度そう呼べたらどんなにいいだろう。

さすがにいきなり顔を合わせられないと思いながらスザクは耳だけで彼と一緒に話している、あれは確かリヴァル・カルデモンドといっただろうか・・二人の会話を一言も聞き漏らさないと集中してしまう。
「・・おはよう、リヴァル」
声だけでも、彼からはにこりと笑う雰囲気。ルルーシュのそんな表情見たことない、と思って、舌先乾かぬうちに興味のほうが勝ってしまう。
もう一度、彼に向けて顔を上げると、今度はしっかり目が合う。

「・・・っ」
動きを止めるルルーシュ。
信じられないものを見るような表情をして、だが、まっすぐにスザクを見つめた。
「・・そういえば、君が欠席の間に転入生が入ったんだよ。・・・名誉ブリタニア人の」
最後のほうだけヒソリと声を小さくしていったリヴァルの説明は、ルルーシュの表情のこわばりを連想できるものでもなかった。国が違うとはいえ、スザクは背も高いほうで、多くのイレブンよりもブリタニア人のような容姿に近かった。一目でわかるわけでもないのだが、リヴァルはそんな矛盾には気づかず、みなと同じようにイレブンがいることに驚いているクラスメイトに持ち前の親切心で事情を教えてあげたと思っているだろう。
「席は見ての通り、ルルーシュの隣だぜ。なんかあったら・・」
「そうか。いや、大丈夫さ。彼は名誉ブリタニア人なんだろう?」
リヴァルを見て、またにこりと微笑んでいる。
「・・ま。そうだけどねー。・・このこと、会長からなんか聞いてた?」
その問いに、ルルーシュは首を振った。
「いや。・・ところで、ちょっと教授に呼ばれていたんだった。行って来るよ」
そうして、ルルーシュはきっちりと留めている詰襟を正すように一回持ち上げてから教室を出て行ったのだった。
それを見たスザクはしばらく呆然とした後、HRの始まる鐘とともに教室を飛び出したのだった。