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東京租界の中心地であるブリタニア政庁は、ブリタニア様式に整えられた建造物が整然と並ぶ。ブリタニア国民でさえ、一般人は一部しか足を踏み入れることはかなわないだろう。そんな政庁の奥に存在する一部の庭と館は、本国のアリエス宮に似たつくりになっている。
そこは、エリア11の統括者であり、神聖ブリタニア帝国の第三皇子でもあるクロヴィス・ラ・ブリタニアの私室があるゆえに入れるのは、ほんの小数の小間使いと側近のみが出入できる館であった。

そんな限られた人しか入られない空間に、その日は場違いな少年がいた。

すわり心地のよいソファーに座るクロヴィスの前に直立して立つ少年。年のころは、15歳よりはまだ若いだろう。部屋の中には、クロヴィスの側近が槍を持って扉の前に控えて少年の動作を見守っている。少しでもクロヴィスに害がなされようとしたら、容赦なく少年の命はなくなるだろう。少年の瞳の色は新緑の碧。栗色の髪はやわらかくはねている。
しかし彼の表情は緊張のためか少しこわばっている。彼がこんな奥に呼ばれる理由など、容姿からうかがえる要因からはみつからない。
彼はイレブンだった。
イレブンとはエリア11における被征服者である。
日本と呼ばれていた国は今はなく、神聖ブリタニア帝国の属領、エリア11となって、日本人がイレブンと呼ばれるようになってもう4年は経過している。
ただ、特筆して言うならば、彼の姿はブリタニア帝国の軍服なので、イレブンからブリタニアの市民権を得た名誉ブリタニア人へと名称を変えているはずだ。
しかし、名誉ブリタニア人といえ、やはりイレブンであることに変わりはない。本来ならばエリア11の総督であるクロヴィスの前に立つことなど許される身分ではないのだ。
静かな部屋の中で、声を発したのは順当であろうクロヴィスだ。
彼以外、彼のゆるしなく声を発することも許されてなどいないのだから。

「枢木スザクと・・いったか」
クロヴィスは静かに前に立つ少年の名を呼ぶ。
枢木スザク。枢木の名は、今回の数奇な会見にある意味をもたせる。それこそが、クロヴィスが、興味を持った原因でもあるからだ。
クロヴィスの瞳は淡い藤色。冷たく、目の前にいる少年を見ている。クロヴィスにとって彼はイレブンという物同然であるというよりは、はるかに憎悪の対象でもある。
「・・はい」
少年、スザクは重々しく返事をする。

「お前はルルーシュのことを知っているな」
単刀直入に切り出したクロヴィスの言葉は、疑問ではなく、確定の言葉だ。
「はい。・・・5年前に出会いました」
スザクはクロヴィスを見る。
「ルルーシュ」という名にスザクの表情がどこか懐かしそうに和らぐ。
「そうだな。・・・わが異母弟ルルーシュは、5年前にお前の家に預けられたのだからな」
クロヴィスも否定はしないことをわかっていたので、事実だけを述べる。
クロヴィスの異母弟であるルルーシュ・ヴィ・ブリタニアと異母妹であるナナリー・ヴィ・ブリタニアは外交上の理由により当時敵国であった日本へ人質として預けられた。

「彼・・ルルーシュと、ナナリーと、三人でよく近くの森で遊びました」
スザクにとって、5年前に自分の家に来訪したルルーシュとナナリーという兄妹は、彼の人生においても転機となった特別な存在だった。
特に兄であるルルーシュは同い年ということもあって反発も喧嘩も一通りこなして、大切な友達になった。
ルルーシュの名に気を許してか、スザクが5年前にすごした日々を語り、今は本国へ帰ってしまった彼らの今を知ろうと、クロヴィスをもう一度見る。
「ルル・・・殿下は、今はどちらに?」
クロヴィスの視線は冷たいままである。
いくら幼馴染とはいえ身分が違う。呼び捨てはまずかったのかと、言い直す。

「・・・今はもういない。」

「・・・・・」
冷たい視線と言葉に、ふとスザクの言葉がとまる。

「お前に聞きたいのは4年前殺された異母弟と異母妹の最期だ。そのときの詳細を話せ」

「・・・っ!」
クロヴィスの言葉に、スザクはしばらくすべての動作がとまり、それからびっくりした様な表情へと変わる。

「・・ルルーシュが・・もういない・・?」
それは、スザクにとってただの呟きだったのだが、クロヴィスは、自分にむけられたと思ったのか説明をする。
「4年前、迎えを送ったが、彼らは帰ってこなかった。1年かかって追跡調査を行ったが、私の元へ届いたのは、ルルーシュやナナリー含め、救助隊が日本人に皆殺しにされたという報告のみ」

「・・・・そんな・・・」
スザクの脳裏に、最後にあった時少しだけ笑っていたルルーシュの面影が映る。

「お前なら知っているだろう。日本の最後の首相であった枢木ゲンブの息子であるお前なら!」
クロヴィスの言葉は荒いものへと変わっていたが、スザクの頭には入ってこなかった。ただ、ルルーシュとナナリーという大切な存在が失われてしまったということ。それだけが彼の頭を占めていた。

「そ・・な・・ルル・・・」
「・・・?」
クロヴィスの言葉が驚きでとまる。
スザクの瞳からは涙がこぼれていた。
それは、敵対国のものに対してだったら起こりえないこと。クロヴィスにとってこの4年間イレブンは自分の愛する兄妹を死に追いやった憎き存在だった。
だが、その存在はルルーシュたちの死を知らなかった。そして、あろうことかその事実に涙している。

「・・とにかく、お前が知っていることを包み隠さず述べるのだ」
クロヴィスとしても事実がしりたい、目の前にいる少年は少なくとも自分よりは最後のときをともに過ごしていたはずなのだから。

「・・僕は、ルルーシュとナナリーが国に帰ると言っていたので、てっきり今は幸せに暮らしているとばっかり・・」
呆然としていたスザクは、ポツリポツリと話し始めた。
皇族の問いに返す返答にしては、心もとない口調ではあったが、クロヴィスは気にしなかった。

「ルルーシュは、「帰る」といっていたのだな?」
「はい。ブリタニアにいる知り合いを頼って、確かに帰るといっていました」
スザクはうなずく。
「僕が彼らと最後にあったのは、4年前の僕の父・・・が死んで翌日。・・たしかアッシュフォードという知り合いを頼るといっていました」
「・・アッシュフォード?」
クロヴィスが言葉を挟む。
つられてスザクが言葉を止めると、クロヴィスは手を振って続けろと促す。

「・・・そのときは、色々と混乱していた時期ですので違うかもしれませんが、ルルーシュは自分のお母さんの古い知り合いだと・・。彼らとの別れはつらかったけれど、混乱していた時期ゆえ見送りも十分にできませんでした。・・あの日はルルーシュがずっとナナリーの手を握っていた」

「・・・その後のことは?」
「・・・知りません・・」
スザクの瞳は、精神鑑定などに出さなくともうそをついているような瞳ではなかった。クロヴィスは、ふっと息をつく。
「そうか。・・アッシュフォードか。確かにありうるな。アッシュフォードは異母上の、後見役であったはず・・・」
クロヴィスは、自分たちが迎えに行かせた手のものがルルーシュたちを迎えたと思っていた。しかし、事実は違っていたようだ。しかも、アッシュフォードというのはありえない話ではない。あの家もマリアンヌ后妃の後見貴族の筆頭であり、忘れ形見でもある二人の皇子と皇女を救うためにも4年前からこのエリアに入っている可能性も高い。
もしかして、自分たちの迎えは殺されてしまったが、アッシュフォードの手の者にすくわれたなら二人は生きているかもしれない。一縷の希望がわいてくる。
クロヴィスは、冷たい視線をといて目の前にいる少年をまじまじと見た。
今までイレブンをあまり見る気も起きなかった。
この少年は異母弟を知っている。異母弟たちと、少ない期間とはいえ一緒に過ごしていた存在。自分たちが手を貸せなかった時期に、彼らと遊んでいたという。それは異母弟たちの人質生活を少しでも和らげていたのだろうか。
「枢木スザク」
名を呼ばれ、スザクはまたぴしりと背を伸ばす。
「もうひとつ聞こう。・・・お前の家にいる間、異母弟たちは少しでも笑っていたか?」
「・・はい。いつもやさしく・・」
スザクはもう一度だけ涙を流してクロヴィスの問いに答えた。