恋文-出会い-


「では、私は手続きにいってくるが、お前は政庁にはまだ近づかないほうがいいな・・どうする?その制服もサイズが合っているようだし、このまま寮に帰るか?」
聞かれてルルーシュはC.C.に首を振った。
「いや、少し歩いてみるよ」
「・・そうか。くれぐれもあまり人に目を付けられるなよ。」
母親の友人というだけあってさばさばしているC.C.は、護衛無しで歩こうとしているルルーシュをそのまま送り出すと、すぐに自身も歩き去ってしまった。

エリア11、東京租界。
一人になったルルーシュは、自身にとって未知の場所を見渡した。学園から続く道を歩く。今までC.C.の用意したホテルにいたので制服のサイズ合わせの今日、学園も初めての場所で見てみたかったが、つい足は外へ向かってしまう。
(自由だ・・)
道の側に生えている木ですら葉が輝いて見えた。
一ヶ月前まで自分は、牢獄にいた。神聖ブリタニア帝国という名の牢獄。
ここもエリアとはいえ、本国とは皇宮の中とは、まったく違う。
エリアに来て、試験を受けてからの一月はC.C.に言われるままホテルを数日おきにかえて宿泊した。学園に入るまでは見つからないようにとなるべく外出しないように言われていたので、こうして一人で外を歩けることに感動する。
(アッシュフォード学園か・・)
ルルーシュは、袖を通した新しい制服を見る。自分が、学生服を着ることになるなんて一月前までは思いもしなかった。アッシュフォードとは、マリアンヌの後見を務めていた貴族だが、8年前の事件をきっかけに没落したが、今はこのエリアで学園経営をしているらしい。ルルーシュの身元は、学園の理事長のみに知らされている。マリアンヌの強い希望で理事長は家族にも教えないと約束をしてくれている。
(母さんに感謝しないとな・・)
ルルーシュは、皇帝をだましてでも自分を送り出してくれた母親のことを思う。
マリアンヌは強い女性だ。
皇帝の直属であるナイトオブラウンズの一人でもあり、その中でも2番目の位を持っている。実力で言えば1位の位であると、現ナイトオブワンに教えてもらったことがあるが、当の本人であるマリアンヌがもうワンの地位はいらないと突っぱねたらしい。そのときの経緯はマリアンヌ含め彼女の同僚であるビスマルクにも教えてもらったが、いわく「ワンになって欲しいエリアがあるわけでもないし、后妃の立場からの出戻りなんだから目立ちたくないわ」とにっこりと笑顔で押し通していた。しかしそんな強気なマリアンヌも皇帝にとってみればあくまで臣下であり、意見をする事は自身の進退をかけるしかない。半ば強引で無理やりであったが、マリアンヌのおかげでルルーシュは外の世界へと出てこられたのだ。
途中、隠ぺい工作のためトランクの中で荷物として運ばれたときはパニックを起こしそうだったが、こうして無事にエリアを歩けている今は、それすらもういい思い出だ。

そして、歩いているうちにゲットーとの境目あたりまで来てしまった。
(さすがに、このあたりまでくるのは危険だったか・・)
木々は相変わらず優しくそよいでいるのに、租界の中のにぎやかさが急に消える。
(エリア・・)
この場所は元々、ブリタニアのものではない。
ニホンと呼ばれた島国の首都だった。
ルルーシュは、今でこそ政務から離されているがエリアという制度をとるブリタニアの政策をおかしいと思っていた。
皇帝が唯一の絶対的権力を持ち、力こそを正義としている。
(ならば、力のない存在は、存在を許されないのだろうか・・)
ルルーシュは、帝国の中で皇子という身分はあったが力はなかった。
つまり存在を許されていなかった。
いつか政略目的のためにどこかにやられるのか、一生、あの離宮で過ごすことになるのかは分らないが、力がない自分は、自由になる権利、生きる権利さえ与えられていなかった。
考え込むと、せっかく離れたのに、呼吸が苦しく感じてしまう。皇宮ではしょっちゅう呼吸困難に陥っていたあの感覚が戻ってきた気がして目の前が暗くなる。
しかし、ルルーシュは目の前が真っ暗になる前に落ちてきた白いものに意識を奪われた。

「・・・桜・・」
それは幻想的な空間だった。
一面のピンク色の花弁が木を覆っていた。
はらはらと風に舞う花びら。
(綺麗だ・・)
ルルーシュは純粋に美しいと思った。
(そういえば、母さんが言ってたな。ニホンの桜は一度見ておくべきだって)
一枚の花びらがひらひらと落ちてくる。
ルルーシュは、そっと手を前に出した。
「・・あっ」
うまく手のひらに乗りそうと思ったら、わずかな風がふいてするりと逃げていく。
なんとなく悔しくなって、また風が吹かないかと木を見つめると、後ろからクスリと人の笑う声がしてルルーシュは振り返った。
「あ・・ごめん」
そこにいたのは、ルルーシュと同じ制服を着ている少年だった。
笑ってしまったのを、軽く謝って少年は、ルルーシュに近づくと、ルルーシュの髪にいつの間にか落ちていた桜の花びらを取ってはい、と差し出してくれた。
頭に桜の花びらがついたままだったのか、と恥ずかしくなってルルーシュはとっさに赤面した。こんな失態今までしたことなかった。
ルルーシュが手を出せないでいると、少年はそっともう片方の手でルルーシュの手を持ち上げる。
その動作があまりの自然だったからか、人に触られるのが苦手なルルーシュも誘われるまま手を差し出してしまった。
ぬくもりとともに手渡された花びら。
「桜、綺麗だよね。ここの桜の木は、他の桜より早く咲くんだって」
にこりと無邪気に微笑まれてルルーシュは戸惑いながらも、同じ制服を着ているのだから、と危険人物ではないだろうと判断する。
「そうなのか・・私・・俺は桜を見るのも初めてで、つい足を止めてしまった」
「そうなんだ。君もアッシュフォードの制服だよね?もしかして、新入生?」
「ああ。今月から高等部に」
ルルーシュの答えに少年は表情をさらに嬉しそうにする。
「ほんとに? 僕もなんだ」
(楽しそうな、笑顔。友達になれるだろうか・・)
ルルーシュは、初めて会った同じ学園の生徒が、いい人のようで、幸先いいスタートに嬉しくなる。
「桜をはじめてみたって、このエリアに来るのも初めてなのかい?」
少年の言葉に、少しだけ違和感を感じてルルーシュは答える。
「・・ああ。今までずっと本国だったから。それでも母親にニホンの桜は見事だから一度は見ておきなさいといわれたよ」
「ニホン・・・」
ルルーシュの言葉に、少年はポツリと反芻する。
今は使われなくなった名前。
目の前にいる少年は、見た目でブリタニア人ではないと分かる。
象牙色の肌に、意思を宿したような強い瞳。
エリアと呼ばれるこの場所であえてルルーシュが使ったニホンという呼称。
「おかしいか?」
エリアという言い方をしない自分が。
とルルーシュが問えば、少年は首を振った。
「いや、うん。君の自由、だと思う」
街中で、そんな事は声を大にして言えないだろう。だが、それは二人しかいない空間で、自由に好きなことを話してもいいだろう、と。
そんな風に思えてしまうのは、見事としか言いようのない桜のなせる業だろうか。
二人でもう一度桜を眺める。
また優しい風が吹いて、花を散らす。
はかなさを感じる幸せのひととき・・
幸せだからこそ、それを作り出してくれたマリアンヌやナナリーは今どうしているだろうと思う。
自分がいなくても笑っていてくれているだろうか。
皇帝からひどい目に合っていないだろうかと不安になる。

「・・どうしたの?」
気がつくと、少年がルルーシュの顔を見ていた。
(今、なにかおかしなことをしただろうか?)
思いつつも、ルルーシュが少年に視線を返すと、少年は心配そうな顔をする。
「辛いことでもあった?」
「・・・いや・・・違う。大切な人の事たちを思い出してたんだ」
まっすぐな瞳で聞かれると、黙ることも出来ない。
「大切?」
「ああ。・・母親と・・妹・・。本国に残してきたから」
「・・そう。」
寂しいねと言葉には出さずにルルーシュの言葉を聞いてくれる。
「わ・・俺は、大切な人たちに迷惑をかけてばかりだ・・」
話すつもりなどなかったのに、言葉は勝手に出て行く。
もしかしたら、誰かに聞いてもらいたかったのかもしれない。
「何も言わずに送り出してくれたのに、俺はなにも返せない・・」
二人の思いに応えられないという悔しさ。
「・・そんなことないよ」
「・・?」
しかし、少年は、静かに言う。
「君がそう思っているだけでも、きっと君の大切な人たちは幸せだよ」
少年は言って、これは絶対確信あるよ、とにこりと力強く微笑んだ。
それをみて、ルルーシュは心が軽くなったような気がした。
重く圧し掛かるような暗雲が消え、空を待っていた花びらのようにふわりと浮き上がる。
「・・そう・・かな?」
「うん。絶対。だから君は、本国にいる家族のためにも楽しい高校生活送らなきゃ」
「・・ああ、そうだな。・・ありがとう」
嬉しくてルルーシュは久しぶりに心からの微笑みを浮かべた。
「あ・・っと。僕も、高校生活では、目標があるんだ」
なぜか、顔を逸らして、少年は再び話を続ける。
「目標?」
「ああ。・・大切な人を作ること。君みたいな・・・・君にとっての・・その・・・大事な家族のような・・それくらい思いあえる人と出会いたいんだ。そして大事にする。それが目標なんだ」
少し赤面しながら高校生活の希望や抱負について語る少年。ルルーシュは、そんな夢をもっているのがうらやましくもあり、まぶしくも感じた。
だが、今少年に教えてもらった。
自分にも高校生活を楽しく過ごすという目標が出来たことを。
「いい・・目標だな」
ルルーシュは、笑顔を向けた。
こんな同級生がいるのならば、きっと高校生活は楽しいものになるだろう。
昨日よりも明確に心に期待が膨らむ。
「俺も・・がんばるよ」
言ったところで、ポケットに入れておいた携帯のバイブが振動を伝えてくる。
「あ・・」
着信は、マリアンヌが護衛として付けてくれた少女からのもの。
携帯の時刻を確認すると、思ったより時間が経っていたようだ。
急いでせめて学園の近くまで戻らないと怒られるだろう。先日、手を抜いた試験の成績結果でクラスが分かれることが発覚してからとても不機嫌なのだ。たった一人の護衛とはいっても、同い年の女の子。どうせなら3年間仲良くしていきたいし、今はあまり刺激したくはない。ここは急いで学園に戻るべきだろう。

「・・じゃあ・・また・・学園で」
名残惜しくも感じたが、ルルーシュは、ルルーシュを見ていた少年に別れを告げた。
少年も携帯に、呼び出しがあったのだろうと分かったのか、無理に引き止めはしなかった。同じ学園なのだ。入学式、もしくは数日のうちにはまたあえるだろう。
「うん・・じゃあ、また」
少年はにこりとルルーシュに笑顔を送ってくれた。

***

桜の下で、話したひと時。
これからの学園生活が明るいものだと予感する、優しくて幻想的なひと時だった。

まだ咲いていない桜並木をかけながらルルーシュは少年の名前を聞くのを忘れた、と思い出した。
同時刻、桜の木の下では少年も同じことを思っていたのだった。








そして、本編へと続きます〜
よかったら、本編の恋文もよろしくお願いします★