魔法のランプ1.


「それで、そのお姫様はどうなったのですか?」
静かな午後に、女の子の楽しそうな声が響く。
所狭しと並んだアパートの決して広いとはいえない小さな中庭に日が当たる時間はわずかだ。
そのせめてもの時間をスザクと少女が一緒に過ごせるのはスザクの休日だけなので、短い時間を
惜しむかのように少女は声を弾ませながら聞く。スザクは満面の笑顔を浮かべて、手に持っていた
本の結末を教える。
「一生幸せに王子様と暮らしたそうだよ」
少女は今年で14歳。本来ならば、スザクの助け無しでも本を読むことも出来るはずなのに、
それが出来ないのは、少女の瞳がもう何年も閉じているからだ。
ナナリーという名のその少女は、数年前にスザクの育った家の前に捨てられていた。
理由はその瞳と、足。
彼女の足は、銃弾の痕があり車椅子の生活を余儀なくしている。
目も見えず、歩けない女の子。捨てられたショックからか名前以外は特に覚えていなかった。
だが、断片的に覚えていることでは優しい母と兄がいたこと。そして、父親とはあまり会うことは
なかったということ。
身元不明の少女を警察に引き渡しても施設に入ることも分かっていた上に、運のいいことに当時スザクの
実家はそれほど金に困っていたわけではなかったので、ナナリーの同居が決まった。それ以来スザクは
大人ばかりの家にはじめてきた同年代のナナリーのことを妹のようにかわいがってきた。ナナリーも、
スザクに大きな信頼を寄せていた。
それから数年たって、父の急逝とともに家は没落し、スザクはナナリーと自分の生活を守るためにも
広大な家を手放し、現在は二人で小さなアパートで暮らしている。
「良かったです。スザクさん、やっぱり物語はハッピーエンドがいいですね」
ナナリーのうれしそうな声にスザクは頷く。出会った当初からナナリーは丁寧な言葉を使う。
本当はとてもしっかりと教育もされていたのだろう。
「そうだね。」
言いながらも、現実はなかなかうまくいかないな、とスザクは思った。生粋のブリタニア人ではない
スザクは実は昨日、いままで勤めていた店を辞めて来た所だった。
しばらくはこのアパートにいられるが金銭面を考えても早く次の職を探さなくては・・と思いながら、
スザクは本をテーブルに置いた。
「昨日、テレビをみていたのですが・・・」
ナナリーの部屋にあるのは、小さなテレビだ。多少画像は悪いが、見るのではなくTVから流れる音や
言葉を聞いている彼女は文句を言うでもなく、ただTVの横にいることが多い。日もあまりあたらない
アパートの部屋の中なので、そんなナナリーの事はスザクの心配のひとつだ。
「咲世子さんと一緒に見ていたお昼のドラマの最終回が、なんだか悲しい終わりかただったんです」
残念そうに眉をしかめるナナリー。昼のドラマなど見たこともないスザクはいったいどんなものなの
だろうと思いつつ、苦笑する。咲世子さんとはナナリーの身の回りのことをしてくれる女性だ。
父の代から家族ぐるみでついていてくれて、多くの使用人がいなくなったとき彼女だけが昔のよしみで
ナナリーと自分の面倒を見てくれている。といっても彼女も普段はブリタニアの貴族の家に通いで勤めて
いるので、あいている時間帯にナナリーのところに来てはスザクが気がつかないようなところにまで
気を使ってくれているのだ。
「確かに、物語くらい幸せなのがみたいよね」
ポツリとつぶやいた言葉に、ナナリーがはっとした表情を浮かべる。
「スザクさん、何かあったのですか・・?」
聞かれて、スザクは少しだけ苦笑してから極力明るく、仕事をクビになったことを告げる。
どうせ直ぐ知られることだったのだ。
「ちょっと店長ともめちゃってさ。・・ただの荷物運びだったからあっさりクビってね。
・・あ、でも心配しなくて大丈夫だよ。しばらくは楽に暮らせるくらいは蓄えもあるから」
実は店の前で絡まれていた女の子を助けただけだったのだが、店長の目に自分が客と乱闘騒ぎを
起こしたと映ったらしい。
スザクは幼少の頃から鍛えていたこともあって、ケンカも強かったが、それが世間的にはマイナスに
なるのかということをはじめて知った。
「・・ごめんなさい・・・わたし何も出来なくて。あの、なにかわたしに手伝えることは
ないでしょうか?」
「大丈夫だよ。ありがとう。でもそうだな・・・ナナリーには笑っていてもらいたいな。
家に帰ったときナナリーが笑って出迎えてくれるとなんだかほっとするんだ」
ナナリーの優しい言葉にスザクはお礼を言ってから、明日からまた職探しをがんばろうと
心に決めるのだった。
「さて、そろそろ部屋に戻ろう。部屋に帰ったらナナリーの紅茶のみたいな」
「ええ。よろこんで」
スザクは、あっという間に日は建物の向こう側にいってしまい少し寒く感じる中庭から、
ナナリーの車椅子を押していくのだった。


〜続〜


まだスザク貧乏?なかんじです。ルルーシュまだ出ていません(^^;)次はC.C.です。